![]() |
![]() |
![]() |
||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() ![]() |
![]() ![]() |
ここ数日、街で卒業証書や花束を持っている制服姿の学生たちをよく目にする。高校の卒業式の帰りだろう。古希を迎えた自分が高校を卒業したのは前世紀の73年、学生たちの姿を見ていると隔世の感を禁じ得ない。街の様子はすっかり変わり道路や歩道は広くなり建物なども格段に綺麗になった。学生たちも男女ともお洒落で、野暮ったかった自分たちの学生時代とは様変わりした。 70年代は高度成長から安定成長へと移行した時期だが国民全体に活気があり良い時代だったと昔を懐かしむ同輩は多い。だが、それは過去を美化したがる年寄りの感傷に過ぎない。高校卒業した73年にはオイルショックが起きて店舗からトイレットペーパーが消えた。大学のトイレからも姿を消しパニックになった学生もいた。実は自分もその一人で、後のパニック障害の遠因だったのではないかと疑っている。 70年代はまだまだ物騒な時期だった。70年には史上最多の交通事故死亡者数1万7千人弱を記録した。昨年は2千人台だから如何に多かったかが分かる。同年11月には三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で集団自決した。72年は沖縄返還、日中国交正常化の年だが、一方で日本赤軍の岡本によるテルアビブ空港銃乱射事件、連合赤軍の浅間山荘事件、早大構内の革マル派による学生虐殺事件など陰惨な事件が発生している。74年には東アジア反日武装戦線による連続企業爆破事件が起き、三菱重工ビルの爆破では8名が亡くなっている。航空機ハイジャック事件が70年のよど号ハイジャック事件を皮切りに多発した。特に77年の日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件では、ハイジャック犯の要求で日本政府は拘留・服役中の6名を超法規的措置として釈放し海外から非難を浴びた。また、75年には官公庁労組がスト権ストを実施し10日間国鉄(現JR)が運休する事態が発生した。 70年代は活気はあったが、今では想像もできないような異常事態が多発した時代でもあった。そして、ことの是非は別にしてマルクス主義など左翼思想が言論界を席巻した時代から中道または保守的な思想が主潮流となる時代へと潮目が変わる時期でもあった。 70年代は決して黄金時代ではなかった。それは50年代、60年代、80年代も変わることはない。バブル崩壊前の日本は凄かったなどというのは幻想に過ぎない。今の方が街は綺麗になり、人々のファッションは格段に洗練された。科学技術の進歩で当時は不治の病だった疾患の多くが治療可能になった。 過去を懐かしむことは年寄りの習わしだが、美化しないように注意しなくてはならない。「昔はよかった、それに比べて今の日本は劣化した云々」式の発想で現代の諸問題を解決することはできない。今は昔よりも様々な領域でずっと可能性が広がっている。必要なことは時間が掛かってもしっかりと状況を把握し皆で議論し適切な解決策を見出すことだ。過去を知ることは大切だが、過去から現在を見ても問題の核心は掴めず解決策も出ない。 了
|