☆ 撤回とは ☆


 「静岡県の川勝知事が職業差別と取られる発言を撤回した」と報じられている。「発言を撤回する」は政治家やメディアがよく使う表現で、今では不適切な発言があると必ず耳にする。しかし、「発言の撤回」はウィトゲンシュタイ研究で著名な哲学者の古田徹也氏が指摘するとおり、言葉の使い方としてはおかしい。

 「計画を撤回する」なら分かる。「撤回」は実行を予定していたことを中止することを意味する。過去の行為はすでに確定しており中止や取り消しはできない。だから過去の行為に対して「撤回する」という表現を使うことは不適切と言わなくてはならない。

 政治家やメディアが使う「発言を撤回する」という表現は、正確には「撤回」ではなく「発言内容が不適切であることを認める」あるいは「発言内容を訂正したい」ということを暗に示している。政治家は本音では自らの誤りを認めたくない。だから「言葉足らずだった、本意でない」と言い訳するために「発言を撤回する」と表現する。だが、議事録や記事から発言内容を削除したり、表現を訂正したりすることはできるが、発言という過去の行為そのものを消すことはできない。それは過去を捏造することに等しい。

 誰もが自分の身を守りたい。政治家が自身を守るために、こういう表現を使うことはその是非は別として理解はできる。だがメディアまで、その表現をそのまま引用するのは情けない。「撤回」という表現を使ったのであれば、記者は取材で「撤回の意味は誤りを認めるということですね」と確認すべきで、「言葉が不適切だった。本意ではない」などと言い訳をするのならば、「撤回という表現を使っていたが、誤りであることを認めなかった。反省していない疑いが残る」と厳しく指摘するべきだ。

 そこまで深く考えて「撤回」という言葉を使っているのではなく慣用的な表現として使っているに過ぎないと本人は言いたいかもしれない。だが、「撤回」という表現の裏には責任回避の意図が見え隠れする。だから一般市民はその言葉を信用しない。政治家は誠実であろうとするならば、「撤回する」ではなく、「よく考え、自分の言動が誤りであったことを認識した。批判を真摯に受け止め深く反省して自らの行動と考え方を改める」と言うべきだろう。メディアも発言を垂れ流すのではなくしっかり取材してその真意を確認し正確に伝える必要がある。


(2024/4/7記)


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