「後悔先に立たず」この歳になると、この言葉の重みを切実に感じるようになる。ああすればよかった、こうすればよかった、次から次と後悔の念が浮かんでくる。若い頃なら取り返すことができたことでも、今は無理なことばかりだ。歳とって初めてこの言葉の重みが分かるというものかもしれない。 一番切実なのが健康のことだ。歯が悪いのに、歯医者が怖く、コロナ以降はコロナが怖くて治療を怠ってきた。あちこちが虫歯になり、歯が割れ、欠けているのに放置してきた。だが、ここにきて歯が一斉に反乱を起こして、痛くて寝られない。やむなく、歯医者に行くが、「随分と痛んでいるね」と呆れられる。治療は長く掛かり、痛く、お金も半端なく嵩む。毎日、丹念に歯磨きをし、悪くなったらすぐに治療を受けていれば、こんなことにはならなかった。だが、もう遅い。変形性頚椎症で首が曲がり肩がやたら凝る。これも、若い頃、ストレートネックを指摘されたときに、注意して姿勢を正し適度の運動をしていれば、多分ならなかった。今もそうだが、背中を丸めてパソコンと一日中睨めっこをしていた罰が当たったに違いない。今でこそ飲む量はぐっと減ったが、若い頃はバブルも手伝って連日のように痛飲していた時期がある。飲酒を控え適度な運動をしていたら、もっと健康的な日々を送ることができていたに違いない。かつての勤務先の同期で今だに東京マラソンに出場してフルマラソンを完走する者がいる。元々丈夫だったのだろうが、家では決して飲まず、煙草は一切やらず、適度な運動、快眠に努めてきたことで今がある。彼を見習っていたら、フルマラソンは無理でも20キロのウォーキングくらいは出来ていただろう。しかし、いまさら言っても遅い。 「後悔」とは後で悔いることだから、「後悔先に立たず」は言葉の意味により真の命題となる。「独身者は結婚していない」と同じだ。つまりこの言葉を真偽を問う命題だと見れば、当たり前のことに過ぎない。だが、「独身者は結婚していない」は、「独身者」という言葉を知らない者に、その意味を教えることにしか役立たない。しかし、「後悔先に立たず」は人生に関する深い真実を表している。私たちはよく考えずに行動して失敗する、そして、失敗にずっと後になって気づくことがあり、そのときには取り返しは付かない。この言葉はそのことを教えている。だが、そう思ったとき、「背中が曲がっている、背筋を伸ばせ」と叱られた。いまだに後悔が先立たない。これもまた人生の真実なのだろう 了
|