将棋の藤井竜王が王将のタイトルを奪取し史上最年少で5冠王になった。とにかく強い、来年には最年少で全タイトルを独占することになるだろう。強さの秘密は中盤から終盤に掛けての圧倒的な力にある。中盤まで劣勢でも終盤で逆転する。将棋の歴史を彩る大名人、大山、中原、羽生も同じで終盤が圧倒的に強かった。だが、藤井竜王には他の者とは違う点がある。それはAIを巧みに活用していることだ。もちろん、今の若手は皆、AIで腕を磨いている。だが、藤井竜王は他の者と異なり、AIの大局観を自らのものにしていると言われる。 ある局面での将棋の指し手はだいたい20手から40手くらいある。一局の将棋の手数はだいたい100手くらいで、150手を超す場合もある。それゆえ、終局までの指し手の数は莫大で、世界最速のスーパーコンピュータを宇宙の年齢くらいの間、稼働させても、必勝手順を発見することはできない。将来の技術進歩を考慮しても、将棋の必勝法を発見することは不可能だとされる。では、AIはどうやって指し手を決めているのだろうか。まず、あらゆる手を6手先くらいまで読む。それぞれの局面の優劣を比較し、有力な手を複数選択し、選択した手順をさらに深く読んでいく。そして、最終的に得られた局面の優劣を比較し、最も有力な手を指す。これは、棋士が指し手を選ぶ時の手順と等しい(注)。AI将棋は棋士の指し方を模倣することで始まった。 (注)ただし、棋士の場合は最初から直観的に有力な手を複数選択し、その手だけを読んでいく。指し手の候補は多いが、ほとんどは直観的に不利と判定して、その手を読むことはしない。 初期のころのAIの課題は局面の評価だった。局面の優劣を的確に評価しないとよい指し手を選ぶことができない。だが、この評価が難しい。たとえば駒の損得だけでは局面の優劣は決まらない。多くの開発者が様々な工夫をしたが、棋士に及ぶ域には達しなかった。大局観と言われる局面の判断力でAIは棋士に大きく遅れをとっていた。その理由は棋士自身がどのような大局観を持っているのか、それをどのように養ったのかが分からなかったからだ。棋士に学んで上達してきたAIは棋士自身が分からないことは分からなかった。 そこで、AI開発者は、AIに学習させることにした。膨大な棋譜を入力し、さらにはAI自らに棋譜を作成させ、それらを基に学習させることで、AIの大局観を養う。ニューラルネット、ディープラーニングなどの機械学習の新しい技術が大いに役立ち、AIは急速に強くなり、棋士を凌ぐ領域に達することになった。 藤井竜王は、AI時代の申し子だと言われる。しばしば藤井竜王は、普通の棋士では絶対指さない手を指すと言われる。そして、AIもまた普通の棋士では指さない手を指す。CSの囲碁・将棋チャネルで銀河戦が放映されているが、盤面と共に画面の左下にAIが推奨する指し手が3つ表示されている。ところがAIの評価が、解説者の棋士とは大きく異なることが少なくない。解説者の棋士がAIの評価を見て、「この手は棋士には指せないですね」と言うこともある。学習して強くなることはAIも棋士も同じだが、大局観が違っている。初期のころは、大局観で棋士が優っていたが、今はAIが優る(あるいは少なくとも劣らない)。AIは棋士から学び、棋士から学ぶことができない大局観を機械学習で磨き、棋士を超えた(注)。今は、藤井竜王がAIに学び、他の棋士を上回る大局観を身につけている。 (注)機械学習でどのような大局観が得られているのか、開発者すら分からない。この点でも棋士とAIは似ている。大局観についてはともに自分のことは分からない。 このようにAIは人を模倣することから始まり人を超える。そして、人はそのAIから学ぶことで、これまでの自分を超えていく。このように、AIと人は相互に補完し、より高い次元へと進んでいく。その将来にはAIと人が融合した世界が待っているのかもしれない。尤も、それがユートピアなのかディストピアなのかは判断できない。 了
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