☆ 簡単だけど難しい ☆


 宅配を頼むことが多くなった。大きな荷物になることもある。配達員は、ベルを押し、受取人がいることを確認して、車から降ろした荷物を玄関の中まで運ぶ。彼(女)らにとってはいとも簡単な作業だろう。だが、最新鋭のロボットでもこれほど手際よく作業を済ませることはできない。筆者の自宅のように狭くて障害物が多い家では玄関まで来ることすらできない。

 不器用で家事は苦手だったが、最近はカレーライスなど簡単な料理くらいならできるようになった。ロボットに料理ができるだろうか。理路整然と設備が配置されている工場ならばできる。だが、狭く、物が散らばっている我が家のキッチンスペースで調理できるロボットは存在しない。

 人間にとっては簡単なことが、機械には難しいことがある。AIやAIが搭載されたロボットの進歩は目覚ましいが、それでも出来ることは限られている。日常生活の多くの場面で、機械ではできず人手が必要になる。

 近年、企業を中心にICTやAI、ロボットの導入が進み、人が遣っていた作業の多くが機械化されている。大企業では、かつては財務経理部門にはたくさんの職員が働いていた。だが、今では少ない人員で膨大な量の業務をこなしている。企業はグローバル競争に打ち克つためにコスト削減、業務効率化を余儀なくされており、これからも多くの業務が人から機械に切り替わっていく。

 不安なことは格差の拡大だ。例に挙げたとおり、人間には簡単にできるが機械には難しいことは少なくない。そして、そういう人間が得意な作業は、現代の市場経済では高く評価されていない。それゆえ、そういう作業に従事している人の賃金は総じて低い。この先、機械化の進展で、高い報酬を得ることができる一部のエリートたちと、低賃金で働く一般の労働者たちの格差は広がっていく。たとえば、新しい高機能ネットワークの企画、研究、設計を担当する秀才君たちの賃金はどんどん上がる。このネットワークは故障が発生したとき、速やかにAI技術で故障原因と復旧方法を発見することができる。だが、原因がパッケージの不良にあることが判明したとき、設備が狭い部屋に雑然と配備されているような場所では、予備のパッケージに交換することはロボットにはできない。そのため、人間の作業員がAIの指示に従い、機械的に、予備パッケージがある保管棚からパッケージを取り出し交換することになる。作業員はどこにどのような故障が起きたのか知らない。ただAIの言うとおりに作業する。経営者たちは、このように機械的にただ決められた作業をするだけの従業員の賃金を上げることはない。可能な限り安い賃金で働く者を求め、正規雇用から非正規雇用への転換、職がない高齢者、外国人労働者を雇うことを考える。こうして、機械化の進展が格差を広げていく。そして、社会の分断が進む。

 人間の本質は知性にあるとされてきた。しかし、AIやロボットの登場で、むしろその柔軟な身体にこそ人間の本質があることが明らかになった。ところが、一流アスリートなどを除くと、それが市場経済の中で高く評価されることは少ない。そのことが格差拡大に繋がっている。現代が明らかにした人間の本質に沿った経済体制、つまりAIで置換可能な知的な活動より、むしろ身体の活動を高く評価する体制の構築が望まれる。


(2021/9/25記)


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