たいていの人は、合理的に考え、合理的に判断する。確かに、それで社会は成り立っている。だが、合理的であることの内実は何なのだろうか。 新型コロナのワクチンで、ワクチン反対論者の行動が目立ってきている。デモをする者もいる。新型コロナウィルスなど存在しないとまで言う者がいる。新型コロナに関する報道、膨大な数の論文、専門家の意見、それらはすべて虚偽だいうことらしい。新型コロナウィルスは怖くない、怖いのはワクチンだと主張するワクチン反対論者の本がある。これが売れていて、電子書店のランキングで上位に並び、絶賛するレヴューが多数寄せられている。 このような反ワクチン論者の考えは不合理で信じてはいけない。だが、反ワクチン論者の主張を不合理と退ける私の考えはどこまで合理的だろうか。ワクチンに懐疑的な者Aと私の架空の対話を想像してみる。 (A)ワクチンでは、ウィルスの遺伝子が使われている。ワクチン接種で新型コロナ感染症になることはないのだろうか。 (私)ない。ワクチンに使われる遺伝情報はウィルスのほんの一部で、それだけではウィルスが作られることはない。 (A)ウィルスが作られることはないとしても、遺伝情報が人の遺伝子に組み込まれ身体に悪影響を及ぼすことはないのか。 (私)ワクチンの遺伝情報はメッセンジャーRNAであり、ヒトの遺伝子はDNA。ウィルスの遺伝情報がヒトの遺伝子に組み込まれることはない。 (A)しかし、ある種のウィルスはRNAを遺伝情報として持ち、逆転写酵素を使ってそれを宿主の遺伝子に組み込むと聞く。 (私)ヒトの細胞には、逆転写酵素はないから、ワクチンでそのようなことは起きない。 (A)しかし、レトロトランスポゾンというものがあって、DNAからRNAを作り、それをDNAに組み込むという仕組みがヒトの細胞にもある。それは逆転写酵素が存在することを意味するのではないのか。 (私)・・・沈黙・・・ そう、私は科学が好きで、ワクチンに関しても本やネットで少しばかりの知識を得ている。しかし、レトロトランスポゾンを知っているほどの知識の持ち主には敵わない。対話を続けてみよう。 (私)しかし、多くの治験で安全性と有効性が証明されている。さらに、世界各国で接種が進められているが、大きな問題は起きていない。 (A)医薬会社の社員や研究者によるデータの改ざんや捏造は日常茶飯事で信用できない。 (私)データの改ざんや捏造をする者がいるのは知っている。だが、それは一部であり、多くの者は正しいデータを公開している。それに一部の者が嘘を吐いても必ずバレる。STAP細胞騒動がそうだった。 (A)君は、自分は科学的に考えていると思い込んでいるらしいが、多数意見を信じているに過ぎない。 (私)・・・そうかもしれない・・・ 確かに、ワクチンは安全で有効、メリットはデメリットを大きく上回ると信じているが、それは多数意見、常識に従っているに過ぎない。 地球温暖化でも同じことが言える。二酸化炭素の増大で地球温暖化が起きていると多くの者が信じている。だが、そのメカニズムを正確に理解している者は少ない。NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」で「二酸化炭素が増えるとなぜ温暖化するのか」という問いに、出演者も街行く人たちも正しく答えられないという場面があった。そして解答は「水蒸気が増えるから」という意外?なものだった。二酸化炭素が増えると温室効果で気温が上がる。気温が上がると飽和水蒸気圧が上がり大気中の水蒸気が増える。大気中の温室効果ガスで、その効果が最も大きいのは二酸化炭素ではなく水蒸気だ。だから、水蒸気が増えるからという答えになる。しかし、このことを知っている者は少ない。知らないで、二酸化炭素増加による温暖化説を信じている。さらに言えば、この解答自身に問題がある。まず温暖化のトリガは二酸化炭素の増加であり、水蒸気の増加は二次的な効果だから、「水蒸気が増えるから」という解答は正しいとは言い難い。二酸化炭素が温室効果ガスだからという一般に伝えられている見解の方が正しい。また、気温が上がると水蒸気が増えるというのは必然というよりも、経験的な事実に過ぎない。確かに気温が上がれば気圧が一定である限りは飽和水蒸気圧は上昇する。しかし、水蒸気量は、飽和水蒸気圧と相対湿度の積で決まるから、気温上昇で相対湿度が下がれば水蒸気量は増えない。観測によると気温上昇と相対湿度は関連していない。だから、水蒸気量が増えると言っている。だが、そのことは理論的に証明されているわけではない。将来変わることもありえる。だから、その意味でも、水蒸気が増えるからという答えには疑問が残る。この例は、一般市民も放送局の職員も、実は温暖化のメカニズムが良く分かっていないことを示している。良く分かっていないのに、多くの者が二酸化炭素排出量増大による温暖化説を信じている。ここでも、多くの者が常識に従っているに過ぎないことが明らかになる。 合理的に考え、合理的に判断するということは、たいていの場合、その内実は常識に従うということに過ぎない。だが、それでほとんどの場合、間違いはない。ワクチンは有益であり、二酸化炭素排出量増大による地球温暖化説も正しい(と信じる)。科学が進歩し、多様で高度な技術が広く使用されている現代、常識に従って思考し行動しないと何もできなくなる。ただ、常識と科学的な帰結が異なる場合はある。多数意見が間違っていることは珍しくない。そのことを忘れないようにしたい。反ワクチン論者や温暖化否定論者の主張に惑わされないように気を付けると同時に、彼と彼女たちの主張を端から非科学的、トンデモ理論と決めつけないようにした方が良い。 了
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