☆ 集団免疫 ☆


 スウェーデンは、他の欧州諸国と異なり都市封鎖をせず、規制が緩いと指摘される日本と比べても、ごく緩やかな規制しか行っていない。社会経済活動の自由を維持し、ある程度の感染拡大を容認し、集団免疫の獲得により新型コロナの感染を終息させる。これがスウェーデンの集団免疫理論に基づく対新型コロナ戦略だ。

 イギリスも、当初同じ戦略を採用しようとした。だが感染爆発が起きて、世論の批判もあり、方針転換を余儀なくされた。スウェーデン自身も、ノルウェーやデンマークなど近隣諸国と比べて、人口比での感染者数も死者数も遥かに多く、感染症対策として成功したとは言い難い。6月13日のNHKのホームページで公表されている資料によると、スウェーデンの死者数は4814名で、人口比の死者数は日本の50倍にも及んでいる。欧州諸国の多くが多数の死者を出しているが、その中でも、スウェーデンは人口比での死者数が多い。

 集団免疫理論によると、国民の6〜7割が感染し免疫が獲得されると感染は終息するとされる。簡単に言えば、その理屈はこういうことになる。誰も免疫を持っていない状態で、一人の感染者から感染する平均的な人数を2と仮定する。もし、6割の者が免疫を獲得しているとすると、6割の者はウィルスが体内に入っても中和抗体(ウィルスに結合して感染力をなくす抗体)などの免疫の働きで直ちにウィルスが除去されるから新たな感染を引き起こすことはない。それゆえ、一人の感染者が他の者に感染させる実効的な平均人数は2×0.4=0.8人に落ちる。これを実効再生産数と呼ぶ。実効再生産数が1を下回れば、感染は終息する。上の例では、実効再生産数は0.8となり、100人の感染者が居ても、時間とともに、80人、64人、51人と減少していく。新型コロナウィルスの初期(免疫を持つ者がいない状態)の再生産数は2の前半だと推定されている。だから、6割から7割の者が感染すれば、獲得免疫により感染は終息することになる。スウェーデンや、都市封鎖に舵を切る前のイギリスなどは、この獲得免疫で感染を終息させることを目指していたわけだ。

 だが、この政策にはいろいろと難点がある。まず、厳しい感染拡大防止策を取らないと、感染者が急増し、重症者も急増する。そうなると、医師や看護師が足りない、病床数や人工呼吸器などの施設や器具が足りない、院内感染が広がるなど医療崩壊が起き、普通であれば助かる命も助からなくなる。新型コロナ以外の医療にも致命的な影響を与える、それゆえ、こういう事態を避けるには、重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患を持つ者を感染者から隔離する必要がある。しかし、現実問題として甚だ難しい。医療施設や介護施設では多数の若者や中年層の者が働いており、高齢者や患者との接点を減らすことは出来ない。それゆえ感染者からの二次感染を完全に防ぐことは出来ない。また、高齢者の社会からの隔離は、高齢者自身の心身の健康を損ねる結果を招く。従って、感染対策をとらず、獲得免疫による終息を目指すと、どうしても死者数は多くなる。また、その一方で、免疫を持つ者が6割から7割に達するまでには時間を要する。スウェーデンでも、目標の6割には遠く及ばないとされている。

 また、理論面でも、集団免疫理論に基づく政策は多くの難点がある。そもそも初期の再生産数は正確には分からない。人口密度、社会的な距離、気候など様々な要因で、初期再生産数は変化する。ウィルスの性質だけで再生産数が決まるわけではない。それゆえ、6割から7割では足りないという可能性もあるし、逆に5割で十分という可能性もある。さらに、季節性インフルエンザがそうであるように、獲得免疫が長続きしない可能性がある。感染しても十分な抗体ができないこともある。ウィルスの変異が急で、以前の免疫では新たな感染を防ぐことはできない可能性もある。6、7割が感染すればそれですべて解決という訳にはいかない。つまり、集団免疫を獲得させて感染を終息させるなどということは理論的にも無理がある。(ただし、結果的に、集団免疫の獲得で感染が終息する可能性はある。)

 それゆえ、私たちの対コロナ戦略は限られてくる。経済に配慮しながら、感染拡大を極力抑え、有効なワクチンや治療薬ができるまで時間稼ぎをするという戦略だ。実際、日本だけではなく、中国、韓国、台湾、シンガポール、タイ、ベトナムなど東アジア、東南アジアの各国がこの戦略を採用している。そして、一定の成果を上げている。これしか私たちに選ぶ道はない。だが、ここで危惧されることがある。それは、この戦略を採用する限り、長期戦を覚悟しないとならないことだ。ワクチンの開発・実用化・普及には時間が掛かる。3年から5年くらいは覚悟しておく必要があると思われる。東京五輪だけではなく、次のパリ五輪も開催できない可能性がある。その間、人々は常に新型コロナの恐怖に苛まれ、新しい生活様式を守ることで飲食業や観光業は収益が減少し、経営悪化で廃業に追い込まれるところが続出する。景気も低迷を続け、特に貧しい層の生活が苦しくなる。これは想像しただけでも気が重くなる。そうしたとき、「要するに、感染拡大抑止を図るから、いつまで経っても集団免疫ができない。その結果、経済もボロボロだ。一時的に多数の死者がでることを覚悟し、社会経済活動の規制など一切やめて自由にすれば、集団免疫ができて感染は終息する。そうすれば、経済はV字回復する。その方が却って社会全体の損害は少ない。」こういう意見が出てくる恐れはないだろうか。このような考えは、ここで述べてきたとおり、極めて危険な賭けであり、大惨事に終わる可能性が高い。私たちは、短気を起こさず、集団免疫に幻惑されることなく、辛抱強く新型コロナウィルスと付き合っていくしかない。また、人々が短気を起こさないように、政府は、経済破綻を回避するために(当面は)財政赤字のことなど忘れて必要な支出を積極的に行う必要がある。このことを悟ることが何より大切だと思う。


(2020/6/13記)


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