万引き防止のために渋谷の3書店が顔認証の情報を共有するシステムを導入するという。3書店の一つで万引きを疑われた人物が居たら、その者の顔情報がシステムに登録され、他の2店に入店するとただしにアラームを発報し店員に通知する。店員は声掛けなどで相手に警告し万引きを防止する。犯罪者を捕まえることではなく犯罪を防止することが目的で警察に通報することは考えていないと店側は説明する。 昔から万引きは小売店を悩ませてきた。特に書店は大きな損害を蒙ってきた。書店に備え付けの検索システムを使うと在庫ありと表示されるのに棚に見当たらず店員に調べてもらっても見つからない書籍がある。直前に購入されシステムに未反映ということもあるだろうが、多くは万引きによるものと推測される。複数の書店で、美術書や専門書など値が張る書籍を少しづつ盗み、古書店で売却するとちょっとした稼ぎになる。もちろん、同じ古書店で何度も新刊本を売却すると不審に思われ警察に通報される。古書店によっては、売却時に氏名や住所などを記帳させるだけではなく、確認のために運転免許やマイナンバーカードなど顔写真付きの証明書の提示を求めるところもある。しかし、減ったとはいえ、チェーン店を含め古書店はいまでも多く、売り先には困らない。そのため常習犯になっている者も多数いると想像される。だから、書店がこういう顔認証のシステムを導入し防犯に努めることは理解できる。クレジット会社などは滞納者情報を共有して貸し倒れを防止している。情報が外部に漏れないように十分な対策をとれば法的にも大きな問題はないだろう。書店が万引きで大きな被害を蒙っていることは多くの者に知られており、消費者から大きなクレームがでることもない。 とはいえ、不安はある。四半世紀前のことであるが、筆者も書店で万引きを疑われた経験がある。普段はカバンを持ち本をその中にしまってあるのだが、ときたま、そのときはカバンを持たず、本を直接手に持っていた。本にはカバーがかけてあった。カバーなしの本だったら、入店しなかっただろう。疑われることが確実だからだ。入店すると、盛んに店員が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくる。レジから遠く離れた場所で本を探していると、そこまできて声がけをする。何となく「疑われているかも」と思った筆者は店を出た。そのとき、店員が「清算はお済でしょうか」と声を掛けてきた。本は別の店でだいぶん以前に購入したもので、書き込みや端が折れている箇所もある。本を示すと、それがこの店から持ち出したものではないことはすぐにわかり、店員が謝罪してその場は収まった。だが店員が心底納得したかは疑わしい。筆者の方は疑われて気分を害したことは言うまでもない。もっとも、後で、カバーをしていたとはいえ、手に本をもったまま入店した自分にも落ち度はあると反省した。 あのとき、顔認証システムがあったら、どうなっていただろう。店員が筆者が万引きをするような人物ではないと確信していれば、システム登録はしない。しかし、証拠はつかめなかったが怪しい人物だと思えばシステム登録され、別の店でも同じように店員に付き纏われることになっていた。システムが多くの書店で導入されるようになると、同じような出来事が急増する恐れはないだろうか。人は、悪意なく挙動不審な振る舞いをすることがある。写真集の表紙をみて気に入り買おうかどうしようか迷っているときなど、多くの者が挙動不審と言ってもよい振る舞いをする。筆者も同じで、若い女性タレントの写真集や1万円を超える高価な書籍を購入するときはあれこれ迷い、周囲からは挙動不審な振る舞いをしていると取られる可能性がある。ほかにも、頻繁に棚から本を出し入れすると、やはり疑われる。筆者の例でいえば、店員が万引きだと思ったきっかけは、棚の高いところ、背の低い筆者にとって背伸びしないと手が届かないところにある本を取り出すために、手にしていた本を平積みされていた本の上に置いたことだった。そこでカバーを付け替え持ち込んだ本を別の本と入れ替え持ち出す。確かにそういうことができなくはない。筆者が不器用でそのような芸当は到底できないことを知らない店員が勘違いをしても仕方はない。 いずれにしろ、システム導入は防犯に役立つ一方で、人間関係を不必要にギスギスしたものにする恐れがある。もちろん、万引きする者が悪い。だが、システムを上手に使わないと、トラブルが増え、店、店員、客、すべてに不利益が生じる。その点を弁え慎重な運用に心がけてもらいたい。また、客の側も万引きは言うまでもないが、ほかにも疑われるような挙動不審な振る舞いをしないよう注意し、書店に入店する際は本をカバンにしまい、またカバンがない時には書店には入らないよう心掛けたい。 了
|