☆ ビジョンがない ☆


 ヤクルトスワローズが、みずからが70年に作ったセリーグワーストタイ記録、16連敗を喫した(6月1日現在)。スワローズは、一昨年には球団ワーストの96敗を記録している。13年、14年に2年連続で最下位になって以来、6年で3度の最下位、15年のリーグ優勝、昨年の2位で目立たないが、その戦力の弱体化は初優勝した78年以降、最悪と言ってよい。理由ははっきりしている。先発投手が12球団で断トツに弱い。ほかの球団では先発ローテーションに入ることは難しいレベルの投手が先発を務めている。そのため、チームの調子がよいときは、リリーフ陣が酷使される。一昨年、球団ワーストの最多敗戦を喫した理由の一つが、リリーフエースの秋吉が故障したことだった。秋吉はその前年、前々年と2年連続で70試合以上登板(ともにリーグ最多登板)し、当時ファンの間でも「このままでは秋吉は必ず故障する」と不安視されていた。今年戦線離脱したリリーフエース石山も同じで、昨年71試合に登板している。そして、今年は4月こそ好調だったが、リリーフエースを失ってから連戦連敗が始まっている。実際、連敗中の記録を見ると石山がいれば勝っていたであろう試合がいくつかある。リリーフエースだけではなく、中継ぎでも登板過多で故障者が多い。

 このように、スワローズの最大の弱点が先発投手陣にあることがはっきりしているのに、球団はドラフトなどで補強を図っていない。ドラフトでのスワローズの一位獲得選手をみると、15年以降、原、寺島、村上、清水となっており、村上以外は投手だ。これだけをみると、投手の補強を重視しているように見えるが、実際は違う。原は高山(外野手、阪神)、清水は根尾(内野手、中日)の外れ一位で、くじ運がよければ投手を獲得していない。しかも、原、寺島、清水の3人はいずれも、先発投手陣の核になる能力を持つようには思えない。原はそこそこ活躍しているものの10勝を挙げられる投手ではない。ほかの二人は評価するのはまだ早いかもしれないが、投球を見る限り期待できない。好対照なのが、DeNAで、ここ5年、山崎、今永、濱口、東、上茶谷と連続して大学出の好投手を一位指名で獲得し、5名ともリリーフエース、先発の核として大活躍している。DeNAは、08年から12年まで5年連続して最下位になっている。その最大の理由は弱い投手陣にあった。そこから脱却するために、DeNAは即戦力となりえる投手をドラフトで集中的に選択しチームを強化した。今年こそ出遅れで下位にいるが、今や一強の感がある広島からペナントを奪回するチームがあるとすればDeNAだろう。実際、17年にはクライマックスシリーズで広島を破り日本シリーズに進出し、惜しくも敗れたとはいえ、当時日本球界最強だったソフトバンクを、あと一歩というところまで追い詰め、ソフトバンクの工藤監督に「こんなに苦しいことはなかった」とまで言わせしめた。その潜在的な力は広島に匹敵するところまで充実している。あとは勝負の女神がほほ笑むのを待つだけだろう。

 両球団を比較すると分かることは、DeNAには強くするためには何が必要かをしっかり分析し、そのために必要な補強を着実に実行するという、未来に向けたビジョンがあるのに対して、スワローズにはそれが全くないということだ。高山、清宮、根尾と、その年のドラフトで注目を集めている選手をただ漫然と指名し、外しているに過ぎない。おそらく、くじ運がよく、これら3選手を獲得していても、春先すこしばかり観客を増やすことができるくらいで、チームは強くなっていない。チームを強くするためのビジョンがないから当たり前だ。同じことは近年の巨人にも言える。丸など大型補強を行い、原の監督復帰にも拘らず、現時点では広島に大きく水をあけられている。巨人もまた未来に向けてのビジョンがない。

 プロ野球の外に目を向けても、各界で、今の日本にはビジョンが乏しい。もちろん、ビジョンが無ければだめだとは限らない。今やらなくてはならないことを着実に実行していくことが、最善の結果を生むこともある。逆に大風呂敷を広げて大失敗に終わることも多い。だが、低迷している組織や国が復活し、健全な発展を遂げるためにはビジョンが欠かせない。さもないと場当たり的な対応に終始し、改善はなされない。経済の指標は改善されているのに、景気がよくなったという実感に乏しいのは、ビジョンがなく将来はどうなっていくかが分からないからだ。外交でも、安倍政権は日米関係の改善など成果を強調するが、相変わらず米国頼りの外交で何ら新鮮味はない。岸信介以来、日本の外交は変わっていない。日本は国際会議などで唯一の被爆国であることを強調し核兵器の廃絶を訴えるが、その一方で核兵器を含む米国の軍事力に頼り、核兵器使用禁止条約にも賛同せず、その主張には説得力がない。野党も、安倍政権と自民党を批判するだけで、ビジョンを示さない(示せないと言うべきか?)から、広く支持を集めることができない。企業経営も、短期的な利益に拘泥し、長期的な視野で投資や事業拡大を図っていかないから、力強い成長ができず、世界を驚かせるような新サービスや新技術も生まれない。実際、ITでも、AIでも、バイオでも、日本は米国、中国に大きく立ち遅れている。

 いわば、そんな日本の象徴とも言えるが、今のスワローズのように思える。スワローズは仲良し球団だと言われる。選手は和気あいあい、監督コーチ陣は身内で固め、アットホームな雰囲気が漂う。スワローズは選手にとってはそこそこ心地よい集団だろう。「幸せですか?」と問われると、今の日本では「幸せ(または、まあ幸せ)」と答える者が多い。筆者が子ども時代、つまり半世紀前と比較すると、幸せだと考える者が大幅に増えている。今の日本はスワローズに似ている。もちろん、それは悪いことではない。事実、多くの点で日本社会はこの半世紀で大きく改善された。スワローズは78年の初優勝以来、7回のリーグ制覇、5回の日本一を経験している。近くでは15年にリーグ制覇している。初優勝以前からのファンとしては、十分満足できる成績だ。しかしながら、ビジョンを欠く組織や人は、行動が場当たり的になり長期的には低迷を免れない。日本も、スワローズも、長期に亘るしっかりとしたビジョンをもち、実現のためのプランを策定し、実行する、そういう体制を築いてもらいたい。


(R1/6/2記)


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