☆ ブラックホールと情報 ☆


 日米欧の研究者たちが、銀河の中心にあるブラックホールの撮影に成功して大きな話題を呼んでいる。ブラックホールは一般相対性理論から導かれるもので、様々な観測データから、その存在は疑いないものとされてきた。しかし、それでも、直接的にその観測に成功したことの意義は大きい。ブラックホールそのものの研究だけではなく、宇宙の進化や銀河の形成を研究するうえでも大きな貢献をなすことになろう。

 ブラックホールは、事象の地平面と呼ばれる閉じた面で囲われ、そこに落下した物体は二度と外に出ることは出来ず、地平面の内部にある特異点へ到達してエネルギーを残して消滅する。爆弾を積んだミサイルをブラックホームに打ち込んで内部で爆発させることを企てても、爆発したかどうかは分からない。また、星を(現実には不可能だが、理論的には)超強力な爆弾で破壊することはできるが、ブラックホールは無限にエネルギーを吸収するので、破壊することはできない。それは、まさにブラックホールの名に相応しい。

 斯様に神秘的な存在のブラックーホールだが、情報理論的にみても興味深い性質を有している。ブラックホールは、質量、角運動量、電荷、この3つの物理量で完全にその性質が決まる。ブラックホールが生成されるプロセスは色々あるが、いったんブラックホールが誕生すると、そこに至る過程を記録する情報はブラックホールには一切残されていない。つまり、ブラックホールに情報を捨てれば、ほかでコピーを残していない限り、情報は完全に失われ、復元することは不可能になる。機密情報の廃棄の最も安全かつ確実な方法はブラックホールに捨てることだと言ってよい。

 さて、情報が揃っている状態と、それが失われた状態を比較すると、それぞれどのような特徴があるだろう。秩序ある状態と無秩序な状態と呼ぶことができる。熱力学の第二法則は、閉鎖系では無秩序さを表現する物理量であるエントロピーは増大し減ることはないことを教える。このエントロピー概念は情報理論でも使用され、外部から何らかの働きかけをしない限りは、情報は失われていくことになる。たとえばハードディスクに保存した情報を確実に維持するためには、定期的に外部に読み出し再度書き込む、ハードディスクを定期的に置換するなどの措置が必要になる。さもないと、いずれは情報が失われる。そして、情報の読みだし、書き込み、ハードディスクの置換などにはエネルギーが必要で、エネルギーの使用に伴い、熱力学的なエントロピーは増大する。つまり、情報を保持する=情報エントロピーの増大を防止しようとすると、外部では熱力学的エントロピーの増大が起きる。また、情報を収集・整理して情報エントロピーを減少させると、それを上回る熱力学的エントロピーの増大が不可避的に発生する。情報エントロピーと熱力学的エントロピーを等価とみることには異論があるが、両者が密接な関係を持っていることは間違いない。

 ブラックホールで情報が失われ復元されることはないということは、ブラックホールができるとエントロピーが増大し続けることを示唆する。宇宙は膨張しており、熱平衡状態に達することはないが、エントロピーが増大し続けていること、エントロピーの生成が最大になるような状態が実現することには変わりはない。もし、ブラックホールが存在しないとしたら、宇宙では完全に均質な状態がエントロピーが最大になる。ところが、ブラックホールが存在するために、均質な状態よりも、むしろブラックホールがあちらこちらにある状態の方がむしろエントロピーは大きくなる。

 だとすると、やがて、宇宙はブラックホールしか存在しない状態になるのだろうか。実はそうはならない。ブラックホールはそこから脱出することは不可能だが、量子論的な効果で、ごくわずかだが輻射エネルギーが放出されている。ただ、現状では放出されるエネルギーよりも吸収されるエネルギーの方がはるかに大きいため、それを観測することはできない。ブラックホールから輻射エネルギーが放出されていることを理論的に予測した車いすの天才、故ホーキング博士がノーベル物理学賞を受賞できなかった理由はここにある。だが、宇宙の膨張がこのまま進むと、宇宙の平均密度は低下していき、はるか未来の話しだが、吸収されるエネルギーよりも放出されるエネルギーの方が大きくなる。その結果、ブラックホールは蒸発し、最終的には宇宙はほぼ真空に近い均質な状態になる。ただし、宇宙は永遠に膨張し続けるのではなく、やがて収縮に転じるという説もあり、その場合は、宇宙は巨大なブラックホールの集合体、あるいはたった一つの超巨大ブラックホールとなる。ただし、いずれの場合でも、情報は常に失われていき、地球に知的生命体が存在したことを含めてあらゆる情報はいずれは消滅する。宇宙は膨張のお陰で一時的に知恵を持つが、やがて無知が支配する状態へと戻る。知恵なる存在は実は悪しき者なのかもしれない。

 このように、ブラックホールは神秘的であると同時に、情報というもっとも身近な存在と親密な関係にある。ブラックホールの研究は浮世離れしたものにみえるかもしれないが、必ずしも、そうではない。たまには夜空を眺め、ブラックホールなる遠くて近い存在に私たちが取り囲まれていることに心を寄せるのも悪くない。


(H31/4/15記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.