☆ 地球内存在 ☆


 例年にない極暑に見舞われている。エアコンがないところにはいられない。

 ハイデガーは、人間を世界内存在と捉え、廣松渉は、歴史内存在だと語る。しかし、この暑さを前にして、月並みな表現だが、人間は地球内存在だと言いたい。

 一部の者は、AIの驚異的な進歩で世界は大きく変貌すると予言する。2045年ごろにはAIは人類を超え、人類の知的機能は全てAIでシミュレーション出来るようになる。それだけではなく、人類と機械が一体になり、科学技術は指数関数的に進化するようになる。確かにこうなれば今は想像も付かない世界が展開するようになる。政治や経済、そして文化も大きく変わる。この転換点をシンギュラリティー(特異点)と呼ぶ者もいる。

 だが、本当にそうなるのだろうか。科学技術が指数関数的に進化するようになれば、火星に人類が移住することだって可能になると思われる。だが、いくら近年のAIや遺伝子操作の技術の進歩が目覚ましいからと言って、そのようなことは不可能だと思う。

 ことしの極暑で、全国で熱中症警戒警報が発令されている。しかし、熱中症対策として勧告されていることと言えば、こまめに水分と塩分を補給すること、日中は極力外出や運動を避けること、昼夜を問わず躊躇わずにエアコンを使うことなど、月並みな対策ばかりで、30年も経たずにシンギュラリティーが訪れるとは到底、信じられない。シンギュラリティーが近いなら、大気圏外から水をまくなどして大気を冷やし気温を下げるとか、人工的に雲を作り、雨を降らせるとかそういうことができてもいいはずだ。だが、そのようなことを遣ろうとする者すらいない。実は半世紀くらい前までは、気象を制御することを夢見る者たちが多数いた。実際、筆者が子供時代の科学雑誌には人工的に雨を降らしたり、気温を調整したりすることが21世紀には可能になると書いてあったと記憶する。だが、気象を制御する試みはことごとく失敗し、今ではそのような試みがあったことすら忘れ去られている。

 シンギュラリティーで、気象の制御が可能になるのであれば、地球温暖化を心配する必要はない。いよいよ危ないという状況になった時に、AIと一体になった人間は直ちに解決策を見い出して、それを実行して気温を下げることができる。だが、そのようなことは現実的には不可能だ。

 人間は世界の外に出ることはできず、ただ世界の内で、共同体によって受け継がれてきた存在への理解に基づき、不安を抱きながら、世界について配慮して行動する。ハイデガーは人間をそういう存在として描き出した。そして、環境問題が深刻化した現在、人間は地球内存在であることに思いが至る。重力や大気の成分が異なる地球外の惑星で暮らすことは人間にはできない。それを可能にするためには、人間の身体そのものを根本的に改造する必要がある。しかし、それは結局人間をロボットに作り替えることに等しい。だが、たとえロボット化しても、火星で数十年以上の期間、知的存在として機能するようなロボット人間は現実的には不可能だろう。人間は地球の外を、機械を使用して詳しく観測することはできる。しかし、地球外で暮らすことはできない。それができるようになったら、もはやそれは人間ではない。

 人間は、地球環境が激変したら生き残れない弱い地球内存在だ。地球の温暖化が1万年で10度程度つまり100年に0.1度程度ならば、生活様式の変更や遺伝子の変化などで環境変化に適応することができるだろう。だが100年で5度も気温が上昇したら適応することはできず、ひたすら空調など機械技術に頼ることになる。だが、熱力学が教えるとおり、冷却すれば、冷却した分より、より多くの熱が環境に放出される。だから地球全体では益々暑くなる。正に悪循環だ。

 ことしの暑さは異常気象だろう。しかし、人間の活動が原因で、今のまま地球が温暖化していけば、今年のような異常気象は異常ではなく普通になる。そして、人類には段々と打つ手がなくなる。シンギュラリティーはAIが人類を超える時ではなく、人類の生存が困難になる時なのかもしれない。人間は地球内存在であることを知り、地球に優しい社会を作る必要がある。


(H30/8/6記)


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