☆ 人類の寿命 ☆


 生命には寿命がある。個体だけではなく種も永遠ではない。人類はあとどれくらい生きられるだろうか。

 太陽は60億年くらいたつと核融合の材料である水素を使い果たす。すると周囲は膨張し、中心部では圧力が高まりヘリウムによる核融合が始まる。だが、ヘリウムも使い果たすと太陽は段々と収縮し最終的には白色矮星、さらには光ることのない矮星となりその寿命を終える。その過程で、赤色巨星となった太陽は水星や金星を呑みこむ。地球を呑みこむまでには巨大化しないと推測されているが、いずれにしろ、早晩、地球は生命の棲めない星になる。人類が賢明で思いやりがある生物種であれば、原理的にはあと数十億年生きられる可能性がある。だがいずれは死に絶える運命にある。科学技術の進歩で太陽系外に住処を見つけることができるのではないかと考える者もいるが、現実的には不可能と言わなくてはならない。最も近い恒星でも3光年以上の距離がある。有限質量を持つロケットを真空中の光の速さを超えて加速することは相対論により不可能であることが分かっている。だが理論限界である光速よりも遥かに低速度で技術的な限界が来る。どんなに工夫しても、精々、光速の10パーセント程度の速度しか出せないだろう。光速の10%でも、秒速3万キロメートル、1秒少しで地球を一周できる速度だ。とてつもない速さで、これすら実現不可能だと想像されるだろう。技術進歩は指数関数的に進むという技術進歩のスーパー楽観主義を唱える者がいるが、正しくない。コンピュータ関連技術、半導体技術などは目覚ましい勢いで進化しているが、自動車や飛行機などの技術進歩は鈍っている。半導体やコンピュータ技術の進歩もいずれは鈍る。核融合発電は半世紀以上前から世界各国で研究開発が進められているが実現の見通しは立っていない。核融合より遥かに容易い高速増殖炉すら実現できない。特定の科学技術分野が短期間に猛スピードで進歩することはある。しかしそれだけをみて、科学技術の進歩は指数関数的に加速され、今に何でもできるようになるなどと考えるのは明確に間違っている。それは医学の進歩で人は死ななくなると考えるに等しい。人は自然法則を利用することはできるが、それを超えることはできない。太陽系外に人類の住処を発見することは不可能だと覚悟した方が良い。人間が賢ければ、太陽系外に住処を探すのではなく、死を受容し、子孫を残すことを止めて穏やかな死を迎えることだろう。そして、それが一番よい。

 だが、あと数十億年も人類は存続できると言うと、ほとんどの者が、楽観的過ぎる、もっと早い時期に人類は死に絶えると反論するだろう。ではどのような要因で滅びるのだろう。自然現象では、超新星爆発、巨大隕石の衝突、地球全域を煙で覆う空前絶後の大噴火、致死的かつ異常に高い感染力を持つウィルスの大流行、有毒ガスの地底からの大放出などが想定される。隕石は核兵器で破壊できると思うかもしれないが簡単にはいかない。恐竜絶滅の引金になった隕石は15キロメートルくらいの大きさと推測されているが、それよりも遥かに大きい100キロメートル級の隕石が衝突する可能性も否定できない。それくらいになると核兵器ではとても破壊できない。

 このような自然現象がいつ起きるかは予測できない。しかし、こういう現象で人類が滅びるのであれば、それは生ある者の宿命であり、受容できる。太陽の死による死と同じことが早く起きたと諦めがつく。問題は、人為的な要因で、人類が滅びることだ。第一候補は言うまでもなく核戦争。ソ連の崩壊で東西対立が解消され核戦争の脅威は少し緩和された。だが、依然として世界には人類を絶滅させるだけの核兵器が存在する。米国とロシアの直接対決は無くとも、局地戦から核戦争が起きる危険性は大いに残っている。真摯に核兵器禁止そして廃絶を進めないと人類の未来は危うい。

 次に人口爆発が大きなリスクとして挙げられる。日本では人口は減少に転じているが、世界を見ると途上国を中心に人口は増加し続けている。人口が今の倍、150億人を超える規模まで増加すると、科学技術が進歩しても、食糧不足、栄養不足に慢性的に悩まされることになる。また食糧とその生産に欠かせない水資源を巡って諍いが起きる可能性も高くなる。それを避けるには、国際機関や先進国が発展途上国の経済発展を強力に後押しする必要がある。先進国の歴史が示す通り、経済発展と共に出生率は下がる傾向がある。先進国には多くの娯楽があり、また価値観も多様化しているから人口が大きく増えることはなく、日本のように減少に転じるか横ばいになる。だから発展途上国も経済発展と共に出生率が下がることが予想される。だが発展途上国の経済発展は容易ではない。途上国の経済発展と共に資源や食糧の需要が増えて、それらが枯渇し価格が高騰する恐れがある。そうなると、途上国の発展にブレーキが掛かってしまう。それを如何にして回避し、途上国の発展を実現するか、答えは見つかっていない。ここでも技術を過信しない方が良い。食糧生産を無限に増大させることはできない。

 経済活動の拡大と人口増による地球温暖化と環境汚染の問題も忘れることはできない。地球温暖化の影響は緩やかに現れると予想されている。だから人々の危機感が薄く、トランプ米国大統領のように、根拠なく地球温暖化を否定し、経済優先の姿勢を取る無責任な為政者が出てくる。だが、地球温暖化が進むとどこかで破局が訪れる危険性がある。また、被害が大きくなってからでは元に戻すことが著しく困難になる可能性もある。だから今から対策を打つ必要がある。環境汚染も、かつての日本の水俣病のような生命と健康への深刻な被害を与える公害は減少している。しかし、近年の環境汚染は、地球温暖化と同様にじわじわと環境を悪化させていく。たとえば窒素肥料の大量使用で、土壌や海洋の窒素化合物の量が増加している。この影響がどのように現れるか定かではないが、軽視できない。窒素化合物たとえばアンモニア濃度の増大は健康被害や環境破壊に繋がる。抗生物質の大量使用も大きな問題となっている。

 これら人為的な問題は、太陽の寿命など自然現象とはまったく比較にならないほど、短期間で破局を迎える危険性を秘めている。人類の寿命はもう尽きようとしているのかもしれない。科学と技術の進歩は自然の脅威から人々を守ることに成功した。その結果、人口が急増した。だが、科学と技術は核兵器などというとんでもない兵器を生みだし、環境破壊を進めた。人々の安全を守るはずの者が、皮肉なことに、新たな脅威を生み出している。しかし、今更、鉄骨とコンクリートのビルを木造に変えることはできない。抗菌薬や抗ウィルス薬を使用禁止にすることもできない。科学技術を捨てることができない以上、私たちはそれを賢く使う術を身に付けないとならない。しかし、それはけっして容易ではない。日本は、人口密度がかなり高く、その割に利用できる土地が少ない。資源も乏しい。その地理的特性から科学技術を賢く利用しないと平和と安全、繁栄を維持できない。日本はそれゆえ科学技術の賢い活用という面で世界の先端を走る可能性を秘めている。だが、現状では余り期待できそうもない。


(H30/1/1記)


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