☆ 先駆者に敬意を ☆


 「一般相対論と重力波」(ヨゼフ・ウェーバー著、講談社、1974年)という本をご存じだろうか。絶版となり、神保町の古書店街でも目にすることはほとんどない。オンラインショップ「アマゾン」を覗いてみると、辛うじて古書として数冊が出品されている。だが、その名を知る者は数少ない。

 この本の著者、ヨゼフ・ウェーバーは、人々が重力波の存在に懐疑的だった1950年代から、重力波に注目して研究を進めていた。そして自ら考案した共振型重力波検出器で68年、重力波の観測に成功したと発表した。だが、そのデータは物理学者を納得させられるものではなかった。他の研究所による追試も成功しなかった。彼はその後も検出器の改良に努め研究を続けたが、遂に重力彼の検出に成功することなく2000年に81歳でこの世を去った。この間、67年に発見されたパルサーの研究から重力波の存在が間接的に証明されることになる。そしてパルサーの発見で大きな役割を果たした英米の3人の物理学者は94年にノーベル物理学賞の栄誉に輝く。

 2月12日、アメリカの研究者たちが重力波の直接的な検出に成功したと報じられ、大きな話題になっている。重力波が何であるか、その直接的な検出がどのような意義を持つのか(注)、ほとんど何も知らないまま報道はノーベル賞級の研究だと騒いでいる。だが、その報道に先駆者ウェーバーの名を見ることはできない。
(注)これまでの宇宙研究は電磁波を用いた観測と、ノーベル賞に輝いた日本人研究者たちが主導的な役割を果たしたニュートリノの観測によるものがメインだった。宇宙で最も支配的な相互作用は重力だが、それは最も弱い力であるが故に、これまでは重力を直接利用した観測は不可能だった。だが今回、重力波が直接観測できることが立証され、重力波を用いる宇宙研究の進展が期待できることになった。宇宙研究の最大の課題で、素粒子論の究極理論との結びつきも強い宇宙誕生の瞬間及びそのごく初期を観測するには、電磁波やニュートリノでは不可能で、重力波を用いるしか方法はない。そして、それが今回の重力波の直接的検出で可能となった(但し現実的には多くの解決すべき課題が残っている)。

 確かにウェーバーは重力波の検出に成功していない。今回重力波の検出に成功した観測装置は、ウェーバーが考案した共振型重力波検出器とは違う。だが、それでも半世紀以上前、人々が重力波に懐疑的で、現在に比べて遥かに観測技術が劣っていた時代、果敢に重力波の検出に挑み様々な装置や方法を考案したウェーバーの努力はもっと高く評価され敬意が払われるべきだろう。検出には成功しなかったが、ウェーバーの研究は、STAP細胞のようなイカサマではなく、測定装置と測定方法が公開され、測定結果もきちんと記録された正しい科学的な研究だった。ただ惜しいかなノイズの中から重力波を捉えるほどの精度がなかった。

 どの分野でも必ず先駆者がいる。ところが、しばしば先駆者の功績は忘れ去れる。だが、先駆者なしにはどのような成功もないことを心に留めておきたい。


(H28/2/14記)


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