インターネットが社会的インフラになってから久しい。通信自由化から今年で30年だが、これほどまでにインターネットが普及するとは誰も予想していなかった。 85年の電気通信事業法施行で通信事業は自由化され、80年代末から90年代初頭掛けてには、法人向けに付加価値ネットワーク(通称「VAN」)、一般個人向けにパソコン通信が花開くことになる。 90年代に入ると、88年に学術団体が中心となって設立されたWIDEプロジェクトからJPNICが生まれ、DNS、IPアドレス、ドメイン名の管理を行う体制が確立する。90年代前半には企業内ではLANが、一般市民の自宅ではパソコンが普及しだす。その当時、インターネットの世界では、頃を見計らったのかのようにWWWとブラウザが登場し、ウィンドウズ95にブラウザやインターネット接続のためのTCP/IPが搭載されたこともあり、インターネットは一挙に世間の注目を集めることになる。93年末にIIJとATTjensがISP(インターネットサービスプロバイダ)を開始。翌94年には続々とISPが誕生してサービスを競った。マスコミもこぞってインターネットを取り上げ、日経テレコンで日経各紙の記事を「インターネット」で検索すると95年1年間で1万件以上の記事がヒットする。正にインターネット大フィーバーが起きていた。 さらに90年代後半には、NTT、DDI(当時)、日本テレコム(当時)など通信大手がISPを開始する。同時期、グーグルなど高性能の検索エンジンが普及し、90年末にはiモードなどモバイルインターネットが登場する。21世紀に入るとADSL、FTTHなど定額制のブロードバンドが次々とサービスを開始し、ブロードバンドと近年LTEやWiMAX、WiFiなどで超高速化したモバイルという基礎の上に様々なサービスが提供されるようになり、インターネットは社会インフラとして揺るぎない地位を獲得した。 利用者数を見ても、実質的に94年から開始されたインターネットは、企業では96年にはすでに普及率が6割を突破し、世帯普及率も98年に1割を超え01年には6割を超えている。これは他の技術と比較して極めて高い。総務省が毎年発行している情報通信白書27年版によると、他の情報通信メディアでは、世帯普及率が1割を超えるまでに要した時間は、電話76年、無線呼出し24年、ファクシミリ19年、携帯15年、パソコン13年となっている。それに対して、インターネットでは、最初のISPがサービスを開始した年を93年としても5年しか要しておらず如何にその普及が急だったかが分かる。 なぜ、これほどまでに急激に普及したのか。94年ごろからマスメディアが盛んにインターネットについて報じたことも含めて前述した様々な環境要件が一挙に集まりインターネットの驚異的な普及を演出することになったと言えよう。パソコン、LAN、パソコン通信、VAN、WEB、ブラウザ、そしてメディアの大宣伝、これらが相俟ってインターネットの急激な普及をもたらした。他の国でも、多かれ少なかれ同じような経過をたどったのだから、間違いないだろう。だが、忘れてはならないのは、80年代後半、コンピュータの相互接続の標準となることが期待されていたOSI(開放型システム間相互接続)の存在だ。日本では政府、NTTなど大手通信事業者、富士通、日立、NECなど大手通信機器メーカーが協力してOSIの開発と普及に努めた。87年秋にはKDD(当時)がOSI関連商品を販売する子会社を設立している。さらに89年には政府調達のコンピュータはOSIを具備することが義務付けられた。それでもOSIは普及しなかった。OSIではなく、TCP/IPを使用する学術ネットワークを核として発展してきたインターネットが世界を制覇した。特に日本は他国と比較して、かなり遅くまで、インターネットの優位がはっきりした95年ごろまでOSIに固執していた。それがインターネット時代の現在、日本の通信機器メーカーが、欧米や韓国、中国のメーカーの後塵を拝していることの理由の一つとなっている。だが、それでもOSIの存在はコンピュータ間の相互接続の重要性と、コンピュータネットワークの基本的コンセプト(OSI参照モデル)を明らかにし、(反面教師的な意味もあるが)総じてインターネットの普及に貢献した。 これからの日本が世界の市場で他国と競争していくためには、インターネットの日本における普及の歴史を再認識しておく必要がある。新しい技術の普及は、それが市場で受け入れられるものであれば(推進者の思惑すら超えて)極めて急速に進む。日本はインターネットで見込みの薄い技術に拘ったため、モバイル及びブロードバンドインターネットの普及率では世界1、2を争うが、日本の通信機器メーカーはグローバル市場で見る影も無く、行政の電子化でも他国に大きく後れを取っている。インターネットの普及が社会に幸福をもたらすかどうかは分からない。だが、否応なくインターネットはこれからもさらに拡大していく。様々な問題を抱えながらも、私たちはその現実と向かい合っていかなくてはならない。そしてそのためには歴史を知る必要がある。 了
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