☆ 「アベノミクス」の2014年 ☆


 2014年の顔は誰か。色々な名前が挙がるだろうが、筆者としては安倍首相が一番に思い浮かぶ。特定秘密保護法の成立、閣議決定による憲法第9条の解釈変更(集団的自衛権の容認)、まさかの年末の衆院解散・総選挙そしてその勝利。賛否は別にして2014年は首相の遣りたい放題の年だった。だから、2014年の顔は安倍首相ということになる。

 安倍首相が凄いのは、自分の名前を冠した政策「アベノミクス」を臆面もなく自ら連呼することだ。「アベノミクスの継続」、「アベノミクスで100万人の雇用創出」、「アベノミクスでデフレ脱却」、などなど首相は街頭で「アベノミクス」を連発する。過去、自分の名前が入った政策名称を自ら口にする首相が居ただろうか。派手な自己宣伝を繰り広げた小泉元首相も、在任中、自ら「小泉改革」とか「小泉劇場」などという言葉を口にしたことはない(と記憶する)。その点で、安倍首相は極めて特異な存在だと言えよう。そしてそれが物の見事に当たり、自民党と政権の支持率維持に貢献しているから凄い。

 「アベノミクス」という言葉は日本全国さらには海外にまで広がり、強力かつソフトな権力装置として作動している。民主党など野党、安倍首相に批判的な者たち(筆者を含む)まで無意識のうちに「アベノミクス」という言葉を多用している。しかし、おそらく「アベノミクス」という言葉を使ったところで、すでに首相の術中に嵌っている。たとえば海江田民主党代表は、衆院選で、「アベノミクスは失敗し、格差を拡げただけだ」と訴え、選挙戦を有利に戦おうとしたが駄目だった。「アベノミクス」という言葉を使うたびに、選挙民は安倍首相のことを思いだす。目の前の海江田と安倍を比較し、安倍の方が良いと考える。だから海江田本人が落選することになる。「アベノミクス」という言葉を使わずに、「自民党の政策は国民生活を良くしていない」という表現を使うべきだった。

 「アベノミクス」という言葉を使うことで、安倍政権の経済政策は何か凄いものであるかのように、人々は思い込む。ところが実際は当たり前のことをしているに過ぎない。自由主義経済を擁護する限り、政府の景気対策は、金融緩和、財政出動、減税、成長戦略の4つに限られる。より抜本的な対策、たとえば共産党が主張するような企業に内部留保を放出させるという政策などは憲法第29条で保証されている財産権に抵触する恐れがあり実行は不可能に近い。だから(共産党と社民党を除くすべての主要政党がその存続を擁護する)自由経済と私的所有を認める以上、対策はこの4つに限られる。実際、90年代バブル崩壊で経済危機に陥った時、首相に就任した故小渕元首相はこの4つの政策を全て発動して日本経済を支えた。だが、その結果、その後日本は莫大な財政赤字に悩まされることになる。莫大な財政赤字を抱える以上、減税は困難で財政出動にも限界がある。成長戦略は遣ってみないと上手くいくかどうか分からない。だから景気を浮揚させようとすると大胆な金融緩和しか方法がない。確かに景気を浮揚させる必要があるのか、デフレでは駄目なのか、という議論はある。実際インフレになればよい、景気が良くなればよいということではない。だが、ただ消費税増税をするだけでは景気は冷え込み税収の伸びは期待できない。だから普通に考えればやはり景気対策が欠かせない。そしてそうなると大胆な金融緩和くらいしか手がない。事実、大胆な金融緩和と連動するインフレターゲット導入は麻生政権の頃から検討課題に上っていたし、民主党政権時代も議論された。つまり別に安倍首相の経済政策は目新しいものではない。ただそれを「アベノミクス」と命名したところだけが斬新だった。だが、それが大いに当った訳だ。

 「アベノミクス」そのものの評判は大してよくない。世論調査を見ても「アベノミクスが成功した」と評価する者は少数に留まっている。しかし、それでも(評価しない者を含めて)多くの者が「アベノミクス」という言葉に影響され、安倍首相を評価しようとする気になってしまう。たとえそれがマイナス評価でも別に構わない。安倍首相が日本にとって欠かせない存在だと思わせることができればそれでよい。事実、「アベノミクス」の評判が今一つなのに、過去の政権と比較して、就任2年後としては、首相がその地位に留まることを期待する者の割合は高い。外交政策が支持されていると言われることもあるが、憲法第9条の解釈変更の評価が低かったことを考えると、外交の得点が高いとは思えない。やはり「アベノミクス」という言葉、そして首相自らがそれを口にすることが持つ効果が大きいと言わざるを得ない。「アベノミクス」という言葉を頻繁に耳にすることで、多くの者が無意識のうちに首相と周波数が同期してしまう。

 来年も首相は「アベノミクス」を連呼するだろう。それはある意味で両刃の剣でもある。「アベノミクス」の失敗が明らかになれば、首相の支持率は急速に低下し党内の求心力は失われ退陣を促す声が広がっていく。しかし消費税増税を延期したこともあり、米国と中国の景気が悪化しない限りは、2015年は大胆な金融緩和が功を奏し景気が良くなる可能性は高い。だが、注意すべきは、今は経済の領域に留まっている「アベノミクス」が、原発、国防、外交、教育、憲法へと広がっていくことだ。そして、安倍首相の本意は、経済ではなく寧ろこれらの課題の解決にある。2015年は、「アベノミクス」という語呂の良い言葉に心惑わされ、安易に首相の考えに同調しないように注意したい。


(H26/12/28記)


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