☆ 物理学の将来 ☆


 一昨年、ヒッグス粒子が発見されて、素粒子の標準理論は揺るぎなく検証されたことになる。しかし、現在の標準理論には幾つかの不満足な点がある。電磁相互作用と弱い相互作用は統一されたが強い相互作用との統一は不完全であること、重力相互作用との統一が全く手付かずであること、任意のパラメータが多すぎること、階層性問題(電磁相互作用と弱い相互作用が統一されるエネルギーレベルと、これらの二つの相互作用と強い相互作用が統一されるエネルギーレベルが著しく乖離していることの理由が不明であること)、など多くの解決すべき課題が残されている。

 そこで次に期待されているのが、超対称性理論だ。超対称性理論を、素粒子を紐と考える紐理論に応用した超弦理論は、森羅万象を説明し、宇宙の誕生から未来を説明する究極理論として期待されている。
(注)但し、究極理論が完成しても、私たちの身の回りの複雑な現象−その最たるものが生命現象−が説明できるようになるわけではない。この世界は、(少なくとも私たち人間の認識能力からすると)階層構造をなしており、素粒子や宇宙の謎を解く究極理論が完成しても、科学の謎が全て解ける訳ではなく、ほんの一分野の問題が解決されるに過ぎない。但し、だからと言って、究極理論の探究が無意味になる訳ではない

 超対称性理論とは、光など相互作用を媒介するボーズ粒子と電子など物質を構成するフェルミ粒子との間の対称性を仮定する理論で、光や電子など既知の粒子には全て、そのパートナーと呼べる超対称性粒子が存在することを予言する。そして、ヒッグス粒子を発見したCERN(欧州原子核研究機構)の(現時点で世界最大の)素粒子加速器LHC(大型ハドロン衝突型加速器)では、次の目標として、超対称性粒子の発見が掲げられ研究が進められている。超対称性理論が正しければ、LHCのエネルギーレベルで超対称性粒子の発見が可能だと予測されている。

 だが、今のところ、超対称性粒子発見の兆しはない。もし、LHCで超対称性粒子が発見されないと、超対称性理論の妥当性に疑問符が付き、次の研究段階へと進むことが難しくなる。LHCを超える巨大な素粒子加速器建設の計画を経済成長著しい中国が発表して、期待されているが、超対称性理論あるいはそれに代わる有力な理論が確立されないと、どの程度の規模の素粒子加速器を作れば良いのか見当が付かない。LHCを超えるエネルギー規模の素粒子加速器を建設したものの、何も新しい発見がないということにもなりかねない。そもそも巨大な加速器建設には莫大な資金(運転資金を含めると1兆円を超える規模)を要する。その投資は様々な場所に流れ、経済効果を生み出すが、それでも、霞を食うような素粒子論や宇宙論の研究のためではなく、もっと別の研究、人々の福祉に直接つながるような研究に資金を投じるべきだという意見は根強い。そして、それは尤もな意見でもある。従って、次世代の巨大加速器建設に人々の賛同を得るためには、確実な成果が期待できるものでなくてはならない。

 20世紀初頭の量子論、相対論に始まる物理学革命は社会に巨大な影響を与え、日常生活と産業を一新した。しかし物理学の全分野ではないが(注)、素粒子論や宇宙論など基礎的な分野では、上で見てきたとおり、限界が見えてきているように思われる。超対称性粒子が発見できないようでは、究極理論の候補として期待されている超弦理論は数学的には素晴らしいものではあるが、理論的な予測を検証することが困難な、永遠の仮説で終る可能性がある。
(注)超伝導・超流動、ソフトマター、結晶・準結晶、さらには身のまわりの様々な物理現象、たとえば硬貨の回転運動などは、先にも述べたとおり、超弦理論のような基礎理論からは直接導出できず、現象論的な研究がメインとなる。その結果、これらを扱う物理学の分野では、まだまだ誰も解決していない無数の謎が存在する。そして、新たな謎が日々発見されている。そのことはいつの時代にも変わることはない。つまり、究極理論が発見されたとしても、物理学のほとんどの分野は依然として謎に満ちた状態に留まる。だから物理学が終わることはない。

 このように、理論的にも、実験的にも、素粒子論や宇宙論など基礎的な理論物理学には限界が見えてきている。実験的な裏付けが困難になると、基礎的な理論物理学は、数学的整合性を競い合うだけのものとなる。しかし、そうなったら、それはもはや物理学ではない。ただの純粋数学になる。予測が実証されて初めてその正しさが認められる、それが本来の物理学の姿だからだ。果たして、物理学者は現状を乗り越え、実験的裏付けのある究極理論という新たなる物理学革命を準備することができるのであろうか。それは今のところ誰にも分かっていない。


(H26/9/21記)


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