☆ スピードガン ☆


 さすが大谷、オールスターで160キロを連発した。ケチは付けたくないのだが、その一方で、日頃の疑問が深まった。スピードガンは正確なのか、その数字に意味があるのか、という疑問だ。

 確かに速い。しかし元阪神タイガースの藤川の全盛期はもっと速かった。直球一本で三者三振に切って取った。だがスピードガンが示す数字は150キロ台前半だった。松坂の全盛期も同じだ。一方、ヤクルトの新戦力カーペンターは150キロ台後半の直球を投げるが、軽く打ち返されている。確かに速いとは感じるが、数字ほどのものはなく、打者を抑えることができない。

 大谷も160キロを連発したが、3本ヒットを打たれ1点取られている。三振は一つだけで、スピードガンの表示がなければ、物足りない内容と言われただろう。9者連続三振の江夏、8者連続三振の江川とは比べようもない。大谷が直球しか投げないことが分かっていたから打てたという意見もある。しかし、それは江夏や江川でも同じだ。しかもオールスターでは打者は賞を狙って大振りしてくるから三振が取りやすい。事実、江夏、江川に限らず、奪三振ショーになることが少なくない。ところが一イニング限定であるにも拘わらず大谷は一つしか三振が取れていない。

 スピードガンは、ボールのスピードではなく、ボールが手を離れる瞬間の手の速度を測っていると聞いた。確かにボールの初速は手の動きとほぼ同じ速さになる。だがずれはある。投げ方によってそのずれは大きくなったり小さくなったりする。さらに打者の手許でのスピードは初速とは異なる。たとえばバックスピンの効いたボールは浮力が働き(ホームベースに向いた方向での速度が)減速しにくい(と思う)。

 いずれにしろ、スピードガンの数字は参考程度にはなるが、投手の球の威力を示す正確なバロメーターにはならない。史上最速で2千奪三振を達成した杉内の速球は140キロに満たない。それでも杉内の直球を打者は空振りする。

 大谷という稀にみる逸材をけなすつもりはない。心配なのは、彼がスピードガンの数字に酔い、スピードマニアになることだ。ヤクルトスワローズの由則がそうだった。盛んに「160キロを投げる」と口にして(筆者も含めた)古くからのスワローズファンを心配させた。案の定、速いボールを投げるために上半身の筋力強化をしたことが仇になって故障した。脇腹、肩、膝と次々と故障し、選手生命が危ぶまれている。1か月前にファームで登板し155キロを記録したと報じられたが正直信じがたい。復帰はまだずっと先のことだろう。(それでも復帰できればよいのだが。)

 メディアもよくない。160キロを連呼し3安打1失点のことを棚上げしている。クールに「160キロ台を連発したが、3安打され1点取られた」ことを報じるべきなのだ。それが大谷をより成長させることになる。今の大谷では大リーグでは通用しない。160キロと称する直球を軽くスタンドに運ばれる。思えば、由則の時も、さらには古くは五十嵐(元ヤクルト、現ソフトバンク)の時も、メディアは盛んに「日本最速」、「日本人投手最速」と囃し立てた。そして彼らをその気にさせた。球団もそれを売りにして世間の注目を集めようとした。五十嵐は今でもソフトバンクでそこそこに活躍しオールスターにも出場しているが、上手に育てれば、もっと上のクラスの投手になれたはずだ。

 大谷は由則や五十嵐より高い能力を持っている。順調に育てば、日本球界を代表する投手(兼打者)となり、大リーグでも通用するだろう。しかしスピードだけを追い求めていたら、由則と同じ轍を踏むことになる。怪我はしなくとも、ただ速いだけの勝てない投手で終る。だが、そのためには、スピードガンの数字が投手の球の威力を示す指標としては不正確であることをきちんとメディアは報じるべきだ。そして、ファンはスピードガンの数字など一々気にするべきではない。野球は記録を競うスポーツではない。投手が打者を抑えるか、打者が打ち返すかを競う。ボールが速いかどうかは、スピードガンの数字など見ずとも、球場に足を運び普通に観ていれば容易に分かる。そして、その感覚こそが本当の速さを決める。打者はスピードガンではなく人間なのだから。


(H26/7/20記)


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