☆ 待つ力 ☆


 現代人に一番欠けている能力は何か。待つ力だと思う。駆け込み乗車をする者が後を絶たない。私自身、ときどき閉まりかけたドアとぶつかっている。その電車に乗らないと間に合わないのかというと、そんなことはない。ただ待つことができない。

 待つのが嫌なのではなく、駆け込み乗車は単なる条件反射だという意見もある。しかし、たとえ条件反射だとしても、条件反射が成立する背景には待つことができない現代人の習性が潜んでいる。実際、駅でアナウンスがないまま10分も待たされると、私も含めて周囲の者ほとんどの顔に苛立ちの色が現れてくる。のんびりと時間を潰す術を現代人は持ち合わせていない。

 そんな現代人の習性にぴったりマッチしたのがスマートフォンだ。引き出せる情報は多岐に亘り、しかもパソコンより操作が面倒な分、却って時間を潰すには重宝する。ここ数年で急速に普及したのも頷ける。

 しかし、待つことができない現代人の習性は不自然で健康的とは言い難い。野生の動物は実に辛抱強い。肉食獣は獲物を捕らえるために長い時間辛抱強く待ち続ける。それは1日を超えることもある。一方、草食獣は天敵である肉食獣が去るのをじっと待っている。どちらも現代人の感覚からすると、想像を絶するほどに辛抱強い。

 人間もかつては他の動物たちと同じように、待つ力を持っていたに違いない。獲物は簡単には手に入らない。台風や豪雨など自然の猛威は容易には収まらない。怪我はすぐには治らない。自然界では待つ力は生きる力に等しい。人間も待つ力を活かして原始時代を生き抜いてきた。

 しかし、文明を築き上げることで、人間は待つ力を失ってきた。思うとおりに事が運ばないと、すぐに苛立ち諍いを起こす。フロイトは神経症(現代の用語では「不安障害」や「転換性障害」)の原因を抑圧された性欲に求めた。しかし、寧ろ、待つ力を失ったことが原因のように思える。諍いを起こすことができないとき苛立ちが内部へ向かい神経症という症状を引き起こす。

 環境問題や資源問題が深刻化する現代、今までのような生き方では通用しない時代がいずれ訪れる。人間はこれまで待ち時間を減らすために自然を改変し膨大な資源を消費してきた。しかし、それをいつまでも続けることはできない。待つ力を取り戻し、事が成就するまで辛抱強く待つことができるようにならないといけない。果たして待つ力を取り戻すことは可能だろうか。私自身は自信がない。


(H25/11/3記)


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