☆ 電子書籍の未来 ☆


 知人の電子書籍用端末キンドルを使わせてもらった。思ったより使い勝手がよい。2、3年で書籍を駆逐することはありえないとしても、20年、30年というスパンで考えると電子書籍が市場を席巻する可能性は十分にある。いや、そうなるだろう。

 何と言っても便利なのは、持ち運びできる小型の端末に何百冊、何千冊という書籍を蓄積できることだ。勿論購入費用を考えると簡単に何百冊もの電子書籍を揃えることができる訳ではない。しかし1冊、2冊と購入していくうちに数が増えていつかは100冊を超える。それが一台の端末に揃って保管されている。特に研究者にはすこぶる便利なツールになる。パソコンを使えば論文を書くとき以前読んだ本を簡単に引用できる。たくさんの書籍を蓄積できるというメリットは一定数の電子書籍を揃えたときに初めて明瞭に意識される。このことは電子書籍が閾値を超えると爆発的に普及する可能性を秘めていることを意味する。今はまだマイナーな存在に留まっている電子書籍だが、短期間で一挙に書籍を抜き去る可能性は高い。そして、そういう時代になれば、書籍より電子書籍が先に出版され、電子書籍の売れ行きで、売れると期待できるものだけ印刷出版されるようになるだろう。技術進歩とモバイルの普及を考えると、そういう時代を20年も30年も待つ必要はないかもしれない。

 閲覧可能な期間を限定すれば、貸本も簡単にできる。これも大きなメリットだ。ディルタイ全集はどの巻も2万円前後する。一部だけ目を通したい者にはとても手が届かない。こういう専門書は、有料で貸し出すところはないし、所蔵している大きな図書館はたいてい本の貸し出しをしない。だから大学の学生や教員以外は読むことができない。唯一の頼みは大型書店だが、毎日2時間も3時間も立ち読みすることはできない。できたとしても書店と他の客に迷惑で分別ある大人のすることではない。それが電子書籍ならば閲覧可能期間を3日とか限定することで事実上の貸し出しになる。ディルタイ全集のような専門書は、3日で読み通すことなど専門家ですら不可能で、ごく一部しか読むことはできない。こうして大幅に安い料金で貸本が可能となる。千円を切れば、一部だけしか読まない筆者のような者も購読する。

 出版社側のメリットも、在庫のことを考えると大きい。良質だが、テーマが地味で販売部数が期待出来ない著作でもリスクなしで販売できる。このメリットは出版社そのものを不要にするというリスクを孕むため、現時点では多くの出版社が二の足を踏んでいる。しかし個人での販売は面倒なことが多い。しかも不特定多数が容易にアクセスできるネットに個人で出品することはトラブルに巻き込まれる危険性がある。だから企画能力が高く宣伝のノウハウを持つ出版社は必ず生き残る。淘汰は進むだろうが、出版社が本格的に電子出版に乗り出す日は遠くない。

 こうしてみると、電子書籍の未来は前途洋々に思える。その分、書店など紙の本に依存する業界は厳しい。出版社なども先に述べたとおり淘汰が進むことは避けられない。その前に、一部の専門性の高い店を除いて、古書店が姿を消すことになろう。いずれ神保町の古書店街にも時代の波が押し寄せてくる。ただ(なかば期待を込めて)本当にそういう時代がくるのかという疑問は残る。

 紙の本には電子書籍にはないメリットがたくさんある。電気がなくても使える。豪華装丁本は立派なインテリアになる。書き込みが簡単にできる。何より環境と身体に優しい。たくさんの紙を使うから環境に優しいとは言えないという反論はあるが、端末製造や、さほど大きくないとは言え電力消費を考えれば、リサイクルを徹底すれば、紙の本の方が環境に優しい。ディスプレイの身体への影響は少なからずあり、紙の本の方が身体に優しいことに争う余地はない。もし人々が経済至上主義から脱却し、自然環境と調和した簡素な生活へと向かうのであれば、電子書籍の巨大な可能性を知った上で、敢えて紙の本を使い続けるということはありえる。ただ、やはり、そういうことは考えにくい。それが良いことか悪いことかは別にして。


(H25/10/13記)


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