☆ 超能力は有益か? ☆


 SFと言えば超能力。超能力者が大活躍するストーリーがたくさんある。もし超能力を手に入れることができるしたら、どの能力を選ぶだろう、ちょっと考えてみた。

 一番ポピュラーな超能力と言えば、何と言ってもテレパシー。「七瀬ふたたび」など、人の心を読める超能力者が主役の物語はたくさんあり、人気も高い。しかし、テレパシーは欲しくない。好意をもった女性の心を読む。「ださいオヤジ、早く消えろ」と聞こえてくる。最悪だ。そんな風に思われているだろうと予想していても、あからさまに聞こえると衝撃は計り知れない。知らない方が幸せなことは多い。外国人の心の声が聞こえてきたら大変だ。英語ならば少々知識はあるが、ネイティブの英語はほとんど聞き取れない。英語以外の外国語だったらお手上げだ。単なる雑音で頭が変になる。外国人ではなくとも、心は言葉だけで構成されている訳ではない。画像、イメージ、言葉では表現できない曖昧な気分、そう言ったものがたくさんある。そんなものが読めたところで、いい気分になれるはずがない。

 念動力(テレキネシス)はどうか。直接触ることなく、物を動かしたり壊したりすることができる。これは素晴らしい。だが、よいことに使う自信がない。下らないことにしか使えないような気がする。しかも何でも思うだけでできたら運動不足になり身体によくない。

 予知能力、誰も欲しがる能力。株や競馬で大儲けができる。だが、やはり欲しくない。予知能力があれば自分の未来も分かってしまう。いつ、どこで、どんな風に死ぬかも分かる。ソクラテスや偉大な宗教家たちのような大聖人でない限りは、自分の死を知って幸福になれる者はいない。いつ、どんな風に死ぬか分からないから人は穏やかに暮らせる。余計なことは知らない方がよい。

 瞬間移動(テレポーテーション)は便利だが危険だ。オフィスのドアをイメージする。そこに瞬間移動する。だがそこに人がいたら衝突して二人とも大怪我をする。ちょうど大きくて重い荷物を搬入していたら命に関わる。野外への移動は、暴風雨や竜巻に遭遇する危険性がある。だから瞬間移動を安全に実行するには千里眼が必要になる。しかし千里眼が使えても、私のように運動神経の鈍い者が目指す場所に確実に移動することができるとは思えない。空中に移動して地面に叩きつけられたり、地中に移動して窒息してしまったりする可能性が高い。瞬間移動は使えるとしても、巨大な自然災害や犯罪行為の現場など危機的な状況に陥らない限り、使う気にはならない。しかも、なまじ瞬間移動が使えると、気が大きくなり、危険な場面に遭遇する可能性が増える。

 他人の心を支配するマインドコントロール、透視能力や千里眼も碌な目的に使わないと思うので止めておく。そんな能力があっても人格が歪むだけだ。ほかにも、時間を止める、変身するなどいろいろな超能力が登場するが、どの能力も上手く使えず、自分のためにも他人のためにもなりそうもない。

 こうして考えていくと、凡人には、超能力は役立たず、寧ろ超能力がないことに感謝するべきであることが分かる。ただそれでもしばしば超能力が欲しくなるところが煩悩具足の凡夫たる所以だ。


(H25/6/22記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.