☆ 日本の未来 ☆


 2%のインフレターゲット。勿論、目的はインフレそのものではなく景気回復。しかし、インフレが直接好景気に繋がるとは限らない。インフレは好景気に伴う需要増によるものと、コスト上昇によるものとがある。前者をデマンドプッシュインフレ、後者をコストプッシュインフレと言うそうだが、後者になると最悪だ。収入が増えないのに物価が上昇する。社会はインフレと不況が共存するスタグフレーションに陥る。

 総務省のホームページに掲載されている統計資料を閲覧し日本の年齢別人口構成をみてみると、後者の可能性が高いように思える。平成22年のデータだと55歳以上の者が全体の38%を占める。この数字は、インフレになっても収入増が期待できない者が4割以上いることを意味している。65歳以上の高齢者はほとんどの者が、確実に年齢と共に収入が減っていく。年金支給開始年齢の引き上げに伴い65まで定年延長または再雇用制度を採用する企業が増えているが、役員まで昇進した者などごく一部の者を除くと、多くの者は55を超えると収入は横ばいか減っていく。つまり日本社会の4割に近い層はインフレに転じても消費が増えることはない。無い袖は振れない。高齢者は多額の貯金を持っていると言われることがあるが、一握りの資産家を除けばさほどの額ではなく、年金で足りない分が取り崩されていること、いざという時の備えが必要であることを考えれば高齢者に余裕があると言うのは幻想に過ぎない。

 親に養育されている未成年者(未成年者が人口に占める割合は2割弱)たちも消費を増やすことはできない。さらに非正規雇用労働者たちもインフレによる収入増は期待できない。たとえ景気が上向いても企業の財布の紐は固い。正社員はインフレに比例した賃金引上げが期待できるが、非正規雇用の者はそう易々と賃上げを獲得することはできない。

 こうしてみていくと、日本人の6割以上はインフレになっても消費を増やすことが出来ない。これではいくら資金を市中銀行にばら撒き、インフレで消費欲を刺激しても効果は一時的で長続きはしない。寧ろ、円安が行き過ぎて原油価格が暴騰し、コストプッシュインフレ=スタグフレーションになることが危惧される。円安は輸出産業には有利と言われているが、性能と品質で世界のトップを走っていた日本製品の優位性は、(自動車など一部製品を除いて)急速に失われている。だから少々の円安ではシェアを回復は期待できない。寧ろ原油価格の高騰(それに伴う電気料金値上げ)で国内生産のコストを押し上げ、生産拠点の海外移転を助長する可能性がある。さらに、年齢別人口から見て、この先も確実に高齢者の割合が増大する。こういう状況では、どのような経済政策を取っても、インフレを実現することは難しく、実現しても景気の回復は見込めない。

 こういう状況下で、私たちはどうやって未来を切り開いていくべきなのだろうか。あらゆる経済政策を動員して景気活性化を図る、経済至上主義から脱却し精神的な満足を求める社会を実現する、両極端にはこういう思想がある。しかし、どちらも現実的ではない。金融政策、財政出動、減税、給付金、補助金、優遇税制などマクロ経済学的手法だけでは、急速に進む高齢化社会への対応はできない。だからと言って、グローバル経済に背を向けて独自のユートピアを実現するのも不可能だ。中国に2位の座を譲ったとは言え日本は依然として経済大国であり、1億を超す人口を抱える現実をみれば、そう簡単には脱経済を志向することはできない。

 短期的にはマクロ経済学的な手法を駆使し景気浮揚を図るとして、中期的には教育や研究開発を促進し、優れた製品とサービスを開発し、知的財産権を収入源とし、世界に羽ばたく人材を育成することが肝要となる。この施策の実現には、マクロ経済学的な手法だけでは足りない。むしろ経済学的には不合理な選択を敢えてとる必要も生じてこよう。さらに長期的には世界的な資源問題と環境問題、人口爆発による食糧問題などを考えるとき、社会の在り方とそれを支える思想の抜本的な改革が必要となる。少子高齢化は自然から遠く離れた人工的な空間で生きる現代文明の宿命とも言える。それは短期的にはマイナスに見えるかもしれないが、長期的には、環境、資源、食糧などの問題を解決し、平和と多様な文化の共存共栄を生み出す可能性を持つ。

 正直、現在の日本は非常に苦しい。どんな手を打っても解決できる課題よりも新たに生まれる課題の方が多い。だが、皮肉なことだが、それは日本が世界の最先端を行っているという証でもある。前世紀の80年代後半から90年代初頭のバブルは、いま世界が苦しんでいる金融バブルの先駆けだったという意見がある。それが正しいかどうかは定かではない。しかし、明治維新以来、欧米列強に追いつこうと躍起になり、追いついたと思った途端に巻き返され、突き放され、同時に後方から追ってきたランナーに抜かれるという日本の近代史は、前と後のランナーを気にしながら終わることなく走り続ける資本主義社会の縮図とも言える。そして、急激な少子高齢化は世界に先駆けた壮大な実験と言うこともできる。いずれにしろ、日本が進む道は、良い結果に終わろうとも悪い結果に終わろうとも、世界に多くの教訓を残すことになる。


(H25/1/19記)


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