☆ 合理的なウィルス ☆


 ノロウィルスが大流行している。幸い今のところ周囲で発症したという話しは聞かないが、これからが流行の本番だと言うから油断ならない。幼児や高齢者では感染、発病すると命に関わると言う。80を超えた両親と同居している者としては他人事ではない。

 何せ、姿が見えないからたちが悪い。どこで感染するか知れたものではない。毎年この時期になると、忘年会で飲み過ぎた者の吐瀉物が駅のホームなどに残っているのに出くわす機会が多くなるが、ノロウィルス感染者の吐瀉物が乾燥した後、ウィルスが空中に飛散し感染することがあると言うから恐ろしい。そうなると防ぎようがない。

 ワクチンはないのか、と言いたいところだが、まだ存在しないらしい。開発はできると思うが、インフルエンザほど患者が多い訳ではなく利益が出ないせいか開発しているという話しを聞いたことがない。だが院内感染で死者がでることもあるのだからワクチン開発が強く望まれる。

 しかしながら、インフルエンザウィルス同様、ノロウィルスも変異が激しく、いま流行しているノロウィルス用のワクチンでは来年流行するノロウィルスには効果がないという可能性がある。ここがウィルス対策の難しいところで、5年とか10年とか長期に亘りウィルスを監視し、それらすべてのウィルスに効果があるワクチンの開発が必要となろう。

 それにしても、極めて単純な構造で、宿主の力を借りないと自己複製できない低級なウィルスが、短時間に多様な変異を遂げるのは驚くべきことだ。勿論、ほとんどの変異は有害で淘汰されて消えていく。しかしほんのわずかでも生き残る力を得たものは、人間の免疫機構を突破して感染増殖していく。ウィルスほど生命の逞しさと不思議さを感じさせる存在は他にはない。

 ウィルスは全ての生命体の中でもっとも単純で、生命体とは言えないという意見すらある。だが単純であるがゆえに容易に変異する。そして膨大な変異のパターンの中で自然淘汰を乗り越えて後世に子孫を残すものが現れる。ある意味では、ウィルスは、最も合理的な生命体であるとも言える。人間のような複雑な生命体は、各個体の個性はあるが、生存条件を変えてしまうような抜本的な変異は実現できない。偶発的に実現したとしても子孫が残せる可能性はない。

 しかしウィルスが地球上で最初の生命体だとは言えない。ウィルスは宿主がいないと増殖できない。だからまず宿主となる生物がいて、その後からウィルスが誕生したと考えるしかない。つまり最初の生命体から進化(退化?)してウィルスが誕生したか、最初の生命体が現れてから後に、無生命体からウィルスが誕生したかのいずれかで、最初の生命体はウィルスではない。

 形態と機能から見ればウィルスは低級だが、進化の産物だと考えればウィルスは実に高級で比類ない合理性を持つ生命体だとも言える。生命進化は二つの道を辿っている。複雑な形態を持つ高等生物への道と、より単純で寄生的なウィルスへの道だ。後者は宿主なしには生きられないが、多様な変異を遂げることで宿主側の防御を超え、あるいは新たな宿主を見つけて生き残る。高等生物特に高等動物は、各個体が(人間の認識能力を頂点とする)環境変化に柔軟に対応する能力を獲得し、環境と生態系を巧みに利用することで生き残る。いずれにしろ、どちらも合理的であることは変わらない。しかし、エネルギー消費を考えると、ウィルスの方がより少ないエネルギーで生き残る道を発見することができる。それゆえウィルスの方が高等生物より、より合理的だと思われる。事実、いま高等生物は行き詰っている。その頂点と言うべき人類は、エネルギー問題、資源問題で袋小路に陥ろうとしている。エネルギー効率が最大の核エネルギー利用は維持可能な道ではなく、自然エネルギーは拡大する文明を支えるには力不足だ。しかも様々な有用な製品は石油や鉱物など無生物からしか作りだせない。しかし無生物の資源量には明確な限界がある。生態系の利用も、生態系の再生産が太陽から降り注ぐエネルギー(正確に言うと入りと出のエントロピー差)に依存しているから、無尽蔵という訳にはいかない。どのような手段を用いようと、人類を頂点とする高等生物が歩む進化の道は必ず行き詰る。

 おそらく、数十万年後には、地球で繁栄している種は、ウィルス、ウィルスの宿主となる単純な生命体(バクテリア、原生生物、ごく単純な多細胞生物)、植物、昆虫などの小動物たちだけになる。もしかしたら、人類の進化論的な使命は、文明を発達させて高等動物たちを自然界から消滅させ、そして最後は文明の崩壊を通じて自滅していくことなのかもしれない。だとすると、哺乳類など高等な動物を守るためには人類が早く絶滅することが欠かせないと言うことになる。もちろん、そうではないことを心から祈るが。


(H24/12/9記)


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