先月、ノーベル賞に疑問を呈しておいて、こんなエッセイを書くのは気が引けるが、それでも山中教授の医学生理学賞受賞は素晴らしい。日本のノーベル賞受賞者は19名(米国籍の南部博士を含む、2012年10月8日現在)に上るが、山中教授の業績は湯川、利根川両氏に並ぶものだと評価したい。おそらく百年後の世界の歴史教科書にも、この3人の名前は歴史に残る偉大な科学者として記されているに違いない。 免疫細胞など一部の細胞を除くと、分化した細胞も生殖細胞と同じDNAを保持している。だから分化した細胞から(様々な細胞に分化できる)幹細胞が生成できても理論上は不思議ではない。しかし実際はほとんど不可能だと考えられていた。それもそのはず、分化した細胞が幹細胞に戻ってしまったら、多細胞生物の生存は危うい。脳細胞や心筋細胞が幹細胞に戻ったらどうなるか考えたらそれはすぐに分かるだろう。それゆえ、分化した細胞から幹細胞を作ることは極めて困難あるいは不可能と考えられていたのは当然だった。だから山中氏の人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製以前は、幹細胞の研究と言えば、胚性幹細胞か、生体内の各組織に含まれる成体幹細胞に限られていた。ところが山中氏の研究でこの常識は根底から覆った。これは、中間子という全く新しい素粒子を理論的に予言し素粒子物理学に革命を起こした湯川氏、変化しないと信じられていたDNAが免疫細胞などでは変化することを示し生物学に革命を起こした利根川氏に匹敵する業績だ。 ところで、山中氏も述べている通り、この素晴らしい研究成果を人類に役立てるのはこれからだ。最も期待されている再生医療はまだ先のことになりそうだが、患者の細胞から幹細胞を作ることによる病気の原因探究と治療法開発、先日発表された(倫理的な問題の解決が必要だが)避妊治療への応用などは、今すぐにでも進めることができる。世界中の研究者たちによる、さらなる斬新な研究開発を期待したい。 了
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