☆ コンビニに見る日本の光と影 ☆


 スーパーや百貨店の不振を尻目に、コンビニは大いに儲かっているらしい。コンビニは本当に便利だ。夜間に電球が切れた、電池が切れた、石鹸や歯磨きがなくなっているのに気付いた、こんなとき、コンビニのない時代だったら大騒動になるか、不貞腐れて寝るかのどちらかだった。今では、どれもこれも、近くのコンビニへ行けば入手できる。深夜残業中に腹が減った時にもコンビニで簡単に満たすことができる。公共料金の支払い、チケット購入、コピー、宅配の持ち込み・受け取り、お金の払い込みと引き出し、たいていのことがコンビニで済ませることが出来る。

 コンビニは、日本社会において今や、電気、ガス、水道、通信、緊急機関、救急病院と並ぶ24時間稼働の最重要インフラの一つとなった。コンビニは日本が世界に誇る素晴らしい社会システムで、アジア諸国を中心に海外にも広く進出している。しかも警察官や屈強な警備員が常駐しない店舗で24時間営業ができるのは、治安の良さと、モラルの高さの証であり、日本人はこのことを誇りに思ってよい。

 しかし、その一方で、コンビニは大きな問題を投げ掛けている。コンビニの店員はほとんどがパートやアルバイトであり、店長も本店の正社員ではないことが多い。コンビニは外目には誰にでもできしかも比較的楽な仕事に見えるかもしれない。しかし、レジの操作は容易ではないし、商品管理(搬入、保管、陳列、点検、撤去、処分など)は相当な重労働だ。治安が良いとは言っても怪しい客や粗暴な客は少なくない。万引きをする者もいる。深夜に怖い思いをした店員は少なくないだろう。ところが深夜割増手当があるとは、安い賃金で店員たちは一晩中働いている。コンビニは便利で治安がよい日本の象徴だが、その裏では格差が広がる現代日本の象徴でもある。全国に広がるコンビニは現代日本の光と影を共に象徴する。

 今、このコンビニの影の部分が日本全国、あらゆる分野にじわじわと拡大している。もしこの影の部分が閾値を超えたら、警察官や屈強な警備員なしには恐ろしくて深夜営業などできなくなる。だがそういう社会になったら、コンビニに深夜向かう利用者は大幅に減り、その一方で警備のコストが嵩んでコンビニ経営は成り立たなくなる。

 この先もコンビニを続けるには、コンビニで働く者たちを含めた労働者全体の賃金と労働環境を改善し、治安の良さとモラルの高さを維持する必要がある。日本人が秩序を重んじ、モラルが高いのは生物学的な遺伝によるものではない。それが可能となる社会的システムが存在しているからこそなのだ。しかし、この社会システムも、これ以上格差が広がれば崩壊する。大人しいと言われる日本人だって我慢には限界がある。安い賃金で辛い深夜勤務を大人しくいつまでも続けてはいられない。少なくもその先に明るい未来が見えているのではない限り。だが店員の賃金や労働条件を改善したら収支がマイナスに転じて経営が成り立たなくなると経営側は主張する。ここに現代日本の最大の難題・矛盾がある。社会を健全かつ安定的に維持するためには労働者の経済状況の改善が欠かせない。ところが労働者の経済状況をよくすると企業経営が成り立たない。資本主義の日本では、企業経営が成り立たないと社会が成り立たない。

 これこそ資本主義の根本矛盾なのだとマルクス主義者ならば指摘するかもしれない。労働者の経済状況を改善することは市場を拡大し、良質な商品を市場に供給するために欠かせない条件だが、労働者の経済状況を改善すると企業は利益が上がらなくなる。その結果、不況、好況、恐慌を繰り返して最後は崩壊するのが資本主義の宿命だと伝統的なマルクス主義は説く。しかしそれほど事は単純ではない。資本主義を超えるシステムはまだ誰も発見していない。20世紀のソ連・東欧モデルは経済的にも政治的にも失敗に終わった。市場開放することにより中国は危機を乗り越えたが、共産主義と資本主義が並存するという矛盾を抱え込んだままで、共産主義を放棄するか、共産主義の原点に回帰するかの選択に迫られる日が来ると思われる。また資本主義がこの問題を解決できないと証明されているわけではない(教条主義的マルクス主義者ならば「資本論」で証明されていると主張するかもしれないが)。もし労働者の経済状況の改善と社会の発展が矛盾したものならば、遠い昔に資本主義は崩壊していたはずだ。しかし資本主義は生き残っている。戦後の日本を顧みると、労働者の生活環境や労働環境の改善と社会の健全な発展とが一致していた時期があることが分かる。こうして歴史的な事実を眺めていっても、資本主義の下での解決は不可能だと断定する確かな根拠は見当たらない。

 いずれにしろ、答えは見つかっていない。最終的には社会体制の抜本的な改革(脱資本主義)が平和裏に遂行され難題が解消されることが望まれるが、今すぐには不可能と考えておく必要がある。だから、何らかの暫定的な(よりましな)解を探す必要がある。それが探し出せないために、日本は苦しんでいる。いや日本だけではなく世界中が、先進国も途上国も苦しんでいる。だが、手掛かりがない訳ではない。コンビニという、その名の通り快適で、しかも、それが成立するところには誰にとっても好ましい健やかな秩序が存在するような社会的なシステムが現に存在している。これは紛れもない事実だ。なぜ今コンビニが存在しているのか、そしてそれを危機に晒す者は何か、それを克服する道はあるのか、そういうことを考え、様々な試みに着手することで、未来を切り開く道が現れると期待したい。


(H24/10/6記)


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