☆ 吉本隆明氏を悼む ☆


 16日、戦後日本を代表する思想家で詩人の吉本隆明氏が亡くなった。享年87歳。心からご冥福をお祈りする。

 吉本が脚光を浴びるのは反安保闘争が頂点に達した50年代後半から60年代。反抗する学生たちを支持する一方で、マルクス主義者や丸山真男などに代表されるリベラリストを厳しく批判する。当時の思想界・言論界は、共産主義か資本主義か、革新か保守か、改革か伝統か、という二分法に支配され、互いに相手を悪と決め付けていた。共産主義者は資本主義を擁護する者を人民大衆の敵と糾弾し、資本主義擁護者は共産主義者を独裁思想家と断罪した。そういう単純な善悪二元論を虚妄に過ぎないと吉本は見抜いた。国家共同幻想論は、レーニンの公式「国家=支配階級のための暴力装置」を却下する一方で、民族国家を確固たる基盤を持つ普遍的伝統とみなす保守思想を解体する。

 今では、ポストモダニズムを通じて、こうした二分法が無意味であることが明らかになっている。マルクスは資本主義を激しく攻撃したが、経済(生産力)の発展が人々に幸福をもたらすという思想を資本主義者と共有する。ケ小平の中国が市場経済を導入したとき、マルクス主義からの逸脱と批難する者がいたが、間違っている。ケ小平ほど徹底したマルクス主義者はいない。共産主義思想と資本主義思想は、どちらがより生産力を発展させられるかという方法論の相違に過ぎない。ケ小平は脱毛沢東を実行したが、マルクスへの忠誠心は終生少しも揺るぐことはなかった。

 吉本は、まさにポストモダニズムを先取りした独創的思想家だった。日本でポストモダニズムが宣伝された80年代、柄谷行人、浅田彰、中沢新一など吉本の後継者と目される者たちが注目されたが、いずれも吉本を超えられず、フランスを中心とする現代思想の紹介者の域に留まっている。

 吉本の思想的な力は、戦争、その戦争にコミットしてしまったという体験に基づいている。そうした体験がない後継者たちに吉本を超えることは難しい。思想とは頭で作り出すものではなく、体験するものだからだ。

 しかし、そうは言っても、金儲けや出世の方法を伝授することを生業とする言論人が横行する現代、吉本のようなスケールの大きい思想家の登場が強く求められている。無理は承知で期待せざるをえない。


(H24/3/17記)


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