☆ 扇風機 ☆


 扇風機を購入した。何年ぶりだろう、いや何十年ぶりだ、扇風機を使うのは。感慨に浸りながら、宅配で届いた扇風機の組み立てを開始する。

 ところが最初から躓く。回転部に羽を取り付ける留め具がどこにも見当たらない。部屋中探す、しかしどこにもない。業者が梱包するのを忘れたに違いない。これでは何の役にも立たないどころか、ただでさえ狭い家が益々狭くなり、寝床の確保もままならなくなる。

 幾ら大人しい私でもさすがに苦情の電話を入れる。「大変申し訳ございません。直ちに追加で発送いたします。申し訳ございませんが、特急でお送りしますが到着は明日になります。ご容赦ください。」平謝りだ。まあ善い、こういうときにこそ、寛大な態度を示すのが大人というものだ。「こういうことは誰にでもある。気にしないでくれたまえ。」決め台詞を吐いて電話を切る。

 ところが、どうしたことか、目の前の机に留め具が置いてある。一体誰が盗んで、また元に戻したのか。しかも私が気付かないうちに。思案に暮れる、やがて言い訳を考えるようになる。今更、見つかったから送らなくても良いなどと電話するのは恥かしい。横柄な態度をとったから尚更だ。何か言い訳の理由はないか考える。「箱が壊れていて、道に落ちていた。長いこと探して漸く見つかった。だから送らなくても良い。」しかし箱が輸送中に壊れることなどあるだろうか。しかも留め具だけが落ちるということも考えにくい。他にも小さな部品はあるのだ。万一、着払いで良いから箱ごと送り返してくれと言われたら嘘がばれる。箱はどこも壊れていないのだ。わざと壊すにしても、どこを壊せば留め具だけ落ちるか分からない。何より、そこまで遣ると本物の詐欺罪だ。さすがにそんなことはできない。

 とりあえず、考えるのを止めて組み立てをする。しかし心の疾しさが邪魔をして、マニアルが素直に読みとれず、なかなか組み上がらない。漸く観念する。謝罪して、組み立て方を教えてもらおう。ところがすでにお客様窓口は締まっており、電話からは「平日の朝9時から夜9時まで・・・」というアナウンスが流れてくる。遅かった。最初から素直に謝ればどうということはなかった。落胆して取りあえず組みたてる。暫く格闘してマニアルどおりに組み立てが終わり電源を入れると涼しい風が頬を撫でる。お陰で冷静さを取り戻す。明日はきちんと謝ろう、心に決めて床に就く。

 朝、詫びの電話を入れ、送料は私が持つから届いたら留め具は送り返すと話したら、こちらで処理するから大丈夫ですという丁寧な返事が戻ってきた。心が癒される。紆余曲折はあったが、扇風機を買ってよかったと心から思った。エアコンは専門業者が取り付けに来るから、こういう不始末はおきない。でも自分を反省し、他人の優しさを知る機会もない。最新鋭技術の製品ではなく、自分で組み立てる簡単な製品の方が、自分を見つめ直す良い機会になる。


(H23/6/19記)


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