☆ 田中好子さんの死を悼む ☆


 自分の目を疑った。別人に違いない、そう思った。いや、そう思いたかった。若い頃「スーちゃん」の愛称で親しまれたキャンディーズの一員、田中好子さんの訃報を目にした時のことだ。事実だと知ると衝撃に襲われた。キャンディーズの大ファンというほどではなかったが、「貴方にとってアイドルと言えば誰」と尋ねられると、やはり「キャンディーズ」が真っ先に頭に思い浮かぶ。1956年4月生まれ、1つ年下、学年で言えば二つ下、正に同時代のアイドルだった。

 記録によると、キャンディーズの結成は72年、最初は歌謡番組のアシスタントで歌手デビューも予定されていなかった。翌73年に歌手デビューするもパッとせず、CDの売れ行きは芳しくなく世間の耳目を集めることもなかった。最初にキャンディーズを目にしたのは、大学入学当時で、ドリフターズの「8時だよ!全員集合」だったと記憶している。毎週レギュラーで登場するも、影が薄く、オープニングで出演者たちが一列に並ぶ一番端で踊っている場面が映るだけのことも多かった。それでも「可愛い子たちだなあ。もっと売れて、もっとたくさんテレビに出られるようになればよいのに」と願っていた。同じ思いを抱く者は少なくなかったらしく、段々と人気が出る。75年にリリースした「年下の男の子」でブレイク。テレビに、ラジオに引っ張りだこになり、その名を知らない者がいないほどになる。当時、彗星のごとく現れたピンクレディーと並び2大アイドルグループと称されたが、ピンクレディーとキャンディーズではキャラクターが大きく異なり、ファン層がかぶることもなく、寧ろ相乗効果で益々人気が高まった。大学高学年の頃、すっかりメジャーになったキャンディーズの姿を目にするたびに、自分が成功したかのように嬉しくなったことを覚えている。

 その後も人気はウナギ登りだったが、絶頂期の77年、コンサートの終わりに突然引退宣言、「普通の女の子に戻りたい」。翌78年後楽園球場のお別れコンサートを以ってキャンディーズは解散する。お別れコンサートで男が集団で号泣する姿は社会に衝撃を与え大きく報道され、情けないと批判もされた。だがそれは長嶋引退試合のときにテレビの前の長嶋ファンが号泣したのと同じメンタリティーだったと思う。解散の理由は今でもはっきりしない。実力が伴わないまま人気だけが膨らんでいくことに大きな不安を感じていたという証言もある。確かに、歌も、踊りも、演技も、素人の域を脱していなかった。映像・音声処理技術の進歩などを差し引いても、昨今の人気グループAKB48と比較すると、実力的に大きく遅れを取っていることが分かる。社会経験に乏しい若い(しかもたった3人の)女性にとって過熱した人気は大変な重圧だっただろう。今にして思えば、引退は賢明な選択だった。どこぞの国の総理や電力会社の経営者に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

 3人とも可愛かったが、そのキャラクターは微妙に異なっており、そこがキャンディーズの魅力でもあった。「結婚するならスーちゃん、恋人にするならランちゃん、秘書にするならミキちゃん」こんな風に語られることが多かった。ほとんどセンターがランちゃん(伊藤蘭)だったこともあり、ランちゃんが、一番人気があったと思う。自分も誰が一番好きと聞かれると「ランちゃん」と答えることが多かった。でも、ちょっと太めで、おっとりした感じのスーちゃんは心を癒してくれる存在で、こういう女性と結婚する男はさぞかし幸せになれるだろうと想像したものだった。

 解散後、ミキちゃん(藤村美樹)は芸能界を去り、伊藤蘭も水谷豊と結婚、芸能活動は控え目になる。そんな中、芸能界に留まり一番頑張ったのが田中好子だった。おっとりした雰囲気とは裏腹に、しっかりとした目標を持ち努力する芯の強い女性だったのだろう。89年公開の井伏鱒二原作の映画「黒い雨」では素晴らしい演技を披露、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など各賞を総なめにし、実力派女優としての地位を不動のものとする。その後、不幸にも病を患ったこともあり、本数こそ多くはなかったが、出演した映画、ドラマでは必ず観る者を魅了した。健康で長寿であれば、この先10年、いや20年、30年と活躍し続け、日本を代表する名女優として名を残しただろうと思うと残念でならない。

 キャンディーズという記憶は、田中好子にとってどんな存在だったのだろう。青春の楽しい思い出だったのだろうか、それとも苦い思い出だったのだろうか。彼女の女優としての実力と実績を考えれば、「キャンディーズのスーちゃん」は、田中好子という名女優の若かりし頃のほんの小さなエピソードに過ぎない。だが、人気絶頂期での解散、再結成のオファーを頑なに拒むという潔さが、山口百恵と同じように、キャンディーズを神格化、伝説化することになる。そして、おそらくその意に反して、田中好子は、いつまで経っても、「キャンディーズのスーちゃん」から逃れることができなかった。訃報にあたっても、「キャンディーズのスーちゃん」の言葉が躍り、「黒い雨」を代表作とする大女優田中好子の足跡は背景に追いやられている。キャンディーズとしてファンに愛され続けたことは嬉しかっただろう。だが、それでも、田中好子本人は「キャンディーズ」の影を消したかったのではないだろうか。そう思うと心が痛む。

 田中好子さん、貴方の名演技と、心を癒してくれるあの優しい笑顔を二度と見ることができないと思うと猛烈に悲しい。天国で名女優として祝福されていることを心からお祈りします。


(H23/4/24記)


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