☆ 偏頭痛 ☆


 若い頃から偏頭痛に悩まされている。最初に発症したのは高校の授業中、視覚に異変がおき暫くして猛烈な偏頭痛と吐き気に襲われ友人に伴われて帰宅した。脳腫瘍など悪性の病気が脳裏を過ったが、よくある偏頭痛だから心配はいらないと医者に言われて胸を撫で下ろした。20代、30代の頃には多い時には月に数回発作が起きて何かと苦労したが、幸いなことに歳をとって鈍くなったのか、ここ数年は年に数回しか発作が起きない。それでも一応、医師から処方された偏頭痛薬を携帯しいざというときには服用することにしている。ただ残念ながら(筆者の場合)効果が薄く長時間に亘って偏頭痛が継続する。

 偏頭痛には色々なタイプがあるが、筆者の場合必ず予兆がある。目の前に火花のようなチカチカした光が現れたり、視野の一部が欠けたりして物が良く見えなくなる。自動車免許がないので何かと不便な思いをしているのだが、運転中に発作が起きたら危険だと思うと教習場に通う気にはなれない。実際、高速道路を運転中に発作が起きたら事故を起こす確率は間違いなく高くなる。そうでなくても道路の脇で停車し発作が治まるのを待たなくてはならない。たいてい視覚異常そのものは1時間くらいで治まる。ところが視覚異常が治まる頃から、頭の片側、目からこめかみの辺りにかけて脈動する猛烈な痛みと吐き気に襲われる。この状態は短い時でも3、4時間、大抵は半日以上継続するから辛さは半端ではない。誤魔化そうとしても周囲の者は蒼白な顔を見てすぐに気が付くらしい。仕事中に起きたことは少ないが、起きたときは暫く横になり、目のチカチカが治まるのを待って早退するしかない。偏頭痛、視覚異常、吐き気だけではなく、音や光に敏感になり、すぐに苛立つ。一度、仕事の都合で早退する訳にはいかず会社に残り仕事を続けたが、周囲の音で頭痛が憎悪したことも手伝い、周囲に当たり散らしたことがあった。おそらくあれほど機嫌の悪い私を見た者はいない。偏頭痛は精神活動にも影響が現れるらしい。

 偏頭痛は良くある病気で脳の血管が膨張することで起きると言われている。だが本当に血管が膨張しているのか疑問がある。また膨張する原因も分かっていない。血管の膨張を鎮める薬が偏頭痛に効果があるので、そう推測されているに過ぎない。そういう意味では鬱病と抗鬱薬の関係に似ている。何故それが効くのか分かっていないが、事実として効果がある。だから鬱病ではこれこれの事象が脳内で起きており、偏頭痛ではこれこれの事象が脳内で起きていると逆方向に推理されている。つまり病態が解明されて薬が作られたのではなく、効果がある薬が存在することから、逆に病態が推測されている。随分といい加減だとも思えるが、脳内を調べることは容易ではないから仕方がない。特に偏頭痛のようにいつ発作が起きるか分からない病では、発作が起きているときに脳を検査することは難しい。血管が膨張していることを確認するには、造影剤を注射してMRIなどで検査しないとならないが、冗談ではない。いずれ治まると分かっているのに、何が悲しゅうて体調が最悪のときにそんな辛い検査を受けなくてはならないのか。被験者はいないだろう。

 経験のない者には分からないだろうが、命に別条はないとは言ってもこの病気は本当に辛い。楽しみにしていた旅行が台無しになったり、上京してきた旧友との再会ができなくなったりする。服用すればたちどころに治る薬があればと心から思う。だが偏頭痛なる病気は遥か昔からあった。ピカソ、バーナード・ショー、芥川龍之介などが偏頭痛持ちで作品にも影響が見られると言われている。しかし昔は薬などなかったから治るまで横になっているか、堪えて仕事をしていた。昔はそれでも十分に遣っていけた。考えてみると忙しない現代だからこそ偏頭痛の苦しみが増す。時間を惜しむから治るまでの時間が耐えられない。特効薬の登場を待望するよりも薬などなくても偏頭痛をやり過ごせるような社会を目指す方が賢明かもしれない。


(H22/8/15記)


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