水産総合研究センターが鰻を卵から養殖することに成功したと発表した。通常、鰻は海洋で採取した稚魚から養殖する。卵から養殖しても全てオスになるために次代の成魚が養殖出来なかったが、メスのホルモンを使って養育することでメスを誕生させることに成功したと言う。メスが誕生すればそこから卵が採取できるから、海洋の稚魚は必要ない。自然に反するような気がしないでもないが、資源の保護に役立つし、極上の鰻が手頃な値段で手に入る時代が来るかもしれない。 それにしても鰻は不思議な存在だ。海で生まれ川で育つ。やがて海に戻り産卵する。その生涯は依然として謎に満ちている。 川と海を行き来する魚は珍しくない。しかし、他の魚は川で生まれ海に渡り成長し、子孫を残すために川に戻ってくる。ところが鰻は正反対で、海で生まれ川で育ち、産卵のために海に戻る。 川で生まれ海で育つのは理に適っている。川は餌に乏しいが天敵も少なく、小さく非力な稚魚に相応しい。川で一定の大きさに育つと餌の豊富な海にくだり大きくなる。実に巧みな生き方だ。それに対して鰻は危険な海で生まれて餌の乏しい川で育つ。よくこんな生き方でこれまで種を維持できたものだと感心する。 生物進化は過酷な生存競争に擬せられることが多い。しかし鰻の生活を考えるとき、生物界が過酷な競争社会だという思想は疑わしいと気付く。生物進化を競争という観点から捉えるのは現代人のドグマに過ぎない。自然はもっと大らかで懐が深い。鰻の完全養殖に成功した人間はそこそこの知識と技術はあるが、競争という仕掛けがないと進歩しない点で自然には遠く及ばない。少々の成功で驕ることなく謙虚に生きよと鰻が教えてくれているように思える。 了
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