☆ さらば中村主水 ☆


 17日、藤田まことさんがお亡くなりになった。享年76歳、心から冥福をお祈りしたい。テレビで最後に拝見したのはつい先日放映された「剣客商売スペシャル」だった。昨年10月に撮影されたとのことだが、その素晴らしい演技に見惚れながらも随分と痩せられたと思い気掛かりだった。一昨年の「必殺仕事人」でも往年の大立ち回りがなく、体調が万全ではないことが窺えた。だが、根っからの役者である藤田さんは休むことなく仕事を続け、そして役者のままこの世を去った。今では76はまだ若い。残念でならないが、本人にとっては望む人生だっただろう。

 「あんかけの時次郎」、「秋山小兵衛」、「安浦刑事」どれも忘れ難いが、筆者にとっては何と言っても「中村主水」だ。必殺シリーズ第2作「必殺仕置人」は「主水」が主役ではなく、山崎努演じる「念仏の鉄」が主役だった。主水がほとんど活躍する場面がない話すらあった。しかも相手は稀代の名優山崎努が演じるあくの強さが際立つ念仏の鉄だったのに、やはり藤田まこと演じる主水の存在感が際立っていた。その後の必殺シリーズが中村主水中心となったのも蓋し当然の結果と言える。それほどまでに、中村主水=藤田まことの魅力は比べるものがないほどに図抜けていた。一昨年の必殺仕事人では主役を若い東山に譲っていたが、それでも視聴者の多くは中村主水目当てだったと思う。しかし体調が万全でないためにその活躍場面は少なく、それがかつての必殺シリーズに比べて魅力を半減させていた。多くの視聴者が感じたはずだ。「もう一度、中村主水が主役の必殺を見たい」と。だがそれももはや不可能となった。

 実は映画の中で、中村主水は一度死んでいる。だがテレビで蘇った。あれほどの魅力あるキャラクターは死なせたままにはできないのだ。しかし、もはや中村主水を演じる役者はいない。なるほど演技が上手い役者、個性的な役者ならば他にも幾らでも居る。しかし中村主水は藤田まことしかいない。人生に対して、社会に対して、斜に構えながらも、決して捻くれてはおらず人生を楽しんでいる。冷静でしくじることのない殺人機械でありながら全く似つかわしくない人間味あふれる優しさをみせる(そこがターミネーターとは全く違う)。昼行燈の恐妻家という表の顔と凄腕の刺客という裏の顔という良くある、それゆえに却って不自然な人物像に陥るのが常の役柄が少しも不自然に感じられない。こんな凄い役者が他に居るはずがない。たとえ、それが名優の名演技だったとしても、藤田まこと以外が演じる主水はけっして「中村主水」ではない。「中村主水」という名の別人がそこにいるだけなのだ。

 「フーテンの寅」と同じように「中村主水」も永久欠番となるに違いない。いや、そうしなくてはいけない。さらば「中村主水」!


(H22/2/19記)


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