☆ 自由な発想 ☆


 友人が「光は実は静止しており、空間が膨張しているから光が到達するのではないか」と言う。「もし、そうだとしたら、光以外の物体も同じ速さで互いに離れていくから光が到達することはない」と反論するが、友は譲らない。

 光が静止しているという考えは現代物理学の常識に反しており、それが正しいとしたら現代物理学は抜本的に書き直しが必要となる。しかも光が存在する空間と物体が存在する空間は別の物で、光を乗せる空間だけが膨張していると考えなくてはならず、合理的とは言い難い。しかし友が「現代物理学は一定のモデルを前提として成り立っており、別のモデルを考えることで違う見方ができるはずだ」と主張するとき、友の考えは完全に正しい。

 宇宙は膨張していると誰もが信じている。しかし、それは力学と電磁気理論が正しいことを前提としている。宇宙からの光が赤方偏移している(=波長が長くなる)ことが宇宙膨張の根拠だが、遠ざかっている物体から発せられた光の波長は長くなるという理論が間違っているとしたら、宇宙膨張の確かな根拠はなくなる。赤方偏移の理論は良く立証されており完全に間違っているとは考えにくい。だが宇宙全体で地球と同じ物理法則が成立するという保証はなく、遥か彼方あるいは遥か過去には現在の地球とは全く異なる物理法則が成立している(あるいはそもそも物理法則が存在しない)可能性がある。物理法則が場所や時間とともに著しく変化するという考えは合理的ではないと言う以外に、この異論を否定する根拠はない。物理法則の普遍性という物理学者の信念は証明されたものではなく、単なる信念に留まっている。

 宇宙膨張は認めるとしても、一つの星が複数の星のように見える重力レンズ効果などは、一般相対論が正しいことが前提となっており、一般相対論が間違っていたら成立しない。携帯電話の普及で日常生活でも利用されるようになってきたGPSの設計には一般相対論の効果が組み込まれているとは言え、一般相対論の正しさを証明する証拠は依然として余り多くない。

 しかも人間が過去に収集してきた実験や観測のデータ量は膨大なものであっても有限に留まる。有限なデータと整合する物理理論は無限に存在するから、現在正しいと考えられている理論はデータと整合する唯一無二の理論ではなく、この先どれだけデータを増やしても、永遠にデータと整合する理論は無限に存在することになる。更に、無限個のデータを集めることができたとしても理論は一つに確定しない。たとえば天動説は誤りで地動説が正しいというのが現代人の常識だが、宇宙には中心がないから地球を中心として宇宙を記述し説明することは常に可能であり、天動説を間違いだと断言することは実はできない。モデルを変えれば、天動説で全てを説明(さらには未来を予測)することができる。

 地球の表面は球面ではなく実は平面で、ただ光の屈折と重力の効果で球面に見えているだけだと考えることもできる。人工衛星から見る地球が丸く見えるのは光の屈折と視覚の特性から生じる錯覚に過ぎず、東に向かって飛び続けるとやがて元の位置に戻るのは重力の影響でまっすぐ進んでいるつもりが曲がって進んでいるからだと考えることで、いずれも説明が付く(但し、その数学理論は恐ろしく複雑なものとなろう)。しかも、数学的には一点を除いた球面と無限に広がる平面とは位相同型(トポロジーが同じ)で、無限の平面上で生じる物理的事象を全て球面で表現することができるから、数学的には平面説を否定できない。

 現代物理学の正しさは、実験や観測に基づき証明されていると言うよりも、多分に理論の美しさと便宜性(最も単純な説明を選択する)により人々を納得させてきたと言った方がよい。だが美人がいつも正直だとは限らないし、簡潔であることが真理を保証する訳でもない。

 勿論、現代物理学の正しさを否定するつもりはない。天動説は地球が宇宙の不動の中心だという思想を含んでいるが、地動説は宇宙には中心がないという思想を含む。その意味で地動説の方が遥かに現実の宇宙に即した合理的な考えで、それゆえ多くの天文学的事象を正確に説明し、かつ予測することができる。もし現代でも天動説を人々が信じていたら、彗星の地球への接近を予測することはできなかった。同じ理由で、光の静止理論や地球平面説よりも、現代物理学の方が合理的と言えることは否定できない。

 それでも友の指摘は正しい。モデルを変えれば別の理論を作ることができる。そしてどのモデルも絶対に正しいとは言えないからモデルの選択には無限の自由度がある。それゆえ、人間には自由な発想が可能で、その自由な発想が社会の発展を促してきた。私や友人がノーベル物理学賞を受賞する可能性は乏しいが、私たちには、自由に発想し、それがどれだけ突飛なものに思えても、その発想をとことん追求する権利がある。そして、この半ば遊び心を含む自由な精神こそ、真理を発見し、美を生み出し、善をなし、人生を豊かにする可能性を秘めるものなのだ。


(H22/2/14記)


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