☆ サミュエルソンに学ぶ ☆


 12月13日、20世紀後半を代表する経済学者の一人サミュエルソン氏が亡くなった。享年94歳、心からご冥福をお祈りする。

 学生時代、「理工系でもサミュエルソンの「経済学」くらい読め」と友人によく言われたものだった。だがマルクスに心酔していた筆者は、読みもしないのにサミュエルソンをブルジョア経済学者と決め付け、マルクスとマルクス経済学者の本ばかりを読み、サミュエルソンは無視した。

 サミュエルソンは勿論共産主義者ではない。筆者の学生時代の標準的教科書だった「経済学」と並ぶ主著「経済分析の基礎」増補版の日本語訳(勁草書房、1986)の序文では、「マルクスの剰余価値理論を熟考したが、良い社会の厚生経済を説明するだけの実りがないことが分かった」と記し、マルクス主義者が盛んに引用するヘーゲルの弁証法を「愚者の黄金」と切って捨てている。サミュエルソンの評価が正しいかどうか定かではない。しかし、20世紀の共産主義は人々に富と平穏をもたらすことはなかった。

 だからと言って、サミュエルソンは反共主義者でも市場万能論者でもない。市場の有益性を擁護しながらも、経済の安定を保ち人々の生活を守るために、経済が低迷したときには国家の介入が不可欠であると説くケインズ主義者だった。マルクスに否定的な評価を下したのも、マルクス主義を毛嫌いしたからではなく、マルクスの理論が良い社会を作るために役立たないと考えたからだ。

 サミュエルソンの経済理論は、70年代に世界経済を襲ったスタグフレーションに対して無力で、その影響力は急速に衰えたと言われている。改版を重ねた「サミュエルソン経済学」も既に時代遅れになったと評されており、今では、スティグリッツやマンキューの教科書に世界標準の座を明け渡している。

 サミュエルソンは、経済学とは国民を豊かにするための学問だとする近代経済学の祖アダム・スミスの忠実な後継者だったと言える。近年、サミュエルソン自身がその立役者だった数理経済学が大発展し、経済学は高度な数学を駆使する学問分野に成長した。だが数学的に洗練され理論が精緻化する一方で、社会科学全般が有する規範学的な側面は薄れた。経済学者は、経済現象を自然現象のように観察し、数学的理論を構築し、コンピュータを駆使して未来を予測する。そういう経済学のイメージが広がっている。だが、たとえば株価の予測をして何になるだろう。株取引や先物取引で大儲けして豪邸に暮らす者よりも、株取引などに無関心で黙々と働く農民や労働者の方がよほど尊敬に値するではないか。サミュエルソンは、正に、そういう人間らしい世界を構築するために経済学を展開した。もはやサミュエルソンの経済理論から学ぶべきものはないかもしれない。だが経済学は、あるいは、経済学者は本来どうあるべきか、それを私たちはサミュエルソンから学ぶことができるし、学ぶべきなのだと思う。


(H21/12/14記)


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