ダイヤルを手で回してテレビのチャンネルを変える時代に育ったせいか、未だにリモコンに違和感がある。家電製品そのものに操作ボタンやスイッチがないとどうしても不安になる。そんなことを言う奴はお前だけだと同世代の者からも馬鹿にされるが、苦手なものはしょうがない。これまでも何度も痛い目にあってきたが、先日は本当に心底懲りた。 深夜、部屋が涼しくなってきたのでクーラーを止めようと思い、リモコンの停止ボタンを幾度となく押すが止まらない。電池切れだろうとリモコンの電池ボックスを探すがどこにも見当たらない。「電池なしで動くリモコンなど聞いたことがない。電池があるはずだ。」そう思って幾ら探しても見当たらない。クーラーが効きすぎて身体が冷える一方で、頭の方は苛立って熱くなる。あいにくとクーラーには受信機があるだけで停止ボタンはなく、リモコンで止めるしかない。だがそのリモコンが動かないのだから仕方ない。強制的に電源を抜くことを考える。ところがコンセントは天井にあり脚立なしには抜くことができない。あいにく脚立は部屋にはなく庭の物置に置いてある。深夜1時半、こんな時間に物置から脚立を持ち出し大きな音を立てたら近所迷惑になる。ただでさえ深夜遅くまで電灯を煌々と照らして迷惑を掛けているのにそんなことはできない。とは言え、このままでは凍えてしまう。ブレーカーを落とすことを思いつく。しかし下手にブレーカーを落とすと他の電気製品が壊れる恐れがある。実際痛い目にあったことは1度や2度ではない。あれこれ悩んでいるうちに時計を見るとすでに2時を回っている。明日は仕事なのだ。頭は益々熱くなり、身体は益々冷えてくる。血圧計で測定したら200を突破していたに違いない。大きく深呼吸をして心を落ち着かせて考える。やむを得ない、このまま朝まで点けたままにしよう、ただ室温が下がり過ぎないように室内の全ての戸を開け放しにして、毛布に包まって寝よう、こう心に決める。しかし布団に潜り込んでも、クーラーの音が気になって寝付けない。 効きすぎの冷房で頭が冷えてきた効果で、少しばかり冷静になる。蛍光灯を点けて考え直す。やはりリモコンには乾電池があるはずだ。もう一度探すと大して時間も掛からずに見つかる。人間、冷静さが何より大切であることを痛感する。ところが電池ボックスのカバーが外れない。力の入れ方を変えたり、動かす方向を変えたりするが一向に外れない。冷えた頭がまた熱くなる。とうとう我慢できなくなり力任せに引っ張ると、カバーが音を立てて破損し破片が飛び散る。だが、とにかく乾電池が目の前に現れた。それを見ると、心は平静を取り戻す。これで電池を交換すればクーラーを止めることができる。電池切れではなく発信機の故障だったら電池を変えても動かないという嫌な予感が脳裏を掠めたが、それを念力で打ち消し、机の引き出しに単4乾電池2本を取りに行く。ところが物語はこれで終わりではなかった。単4乾電池の予備を最低4個は揃えてあるはずなのに、単1と単3ばかりで単4が1個もない。再び頭に血が上る。どこかにあるはずだ。家中探すが1個も見当たらない。他のリモコンや目覚まし時計の電池を確認するがいずれも単3で代わりにならない。新しい単4乾電池を購入してから1カ月も経っていない。その間に使った記憶もない。絶対にどこかにあるはずだ。そう思うがない物はない。コンビニに買いに行こうかと思ったが、少し前、離婚した知人と冴えない出会いをしてから深夜のコンビニは鬼門になっている。こんな日に出掛けたら強盗と鉢合わせするかもしれない。しかもコンビニに単4が置いてなければ泣くに泣けない。 とてつもなく惨めな気分になり目に涙が溜まってくる。涙をティシュで拭いてそのまま布団に戻る。するとあれほど探して見つからなかった単4の乾電池が寝床のすぐそばに転がっているではないか。喜んでそれを拾い上げる。だがまだ難題が残っていた。1個しかない。単4x2個必要なのだ。だが、どうしてももう一つは見つからない。探索を諦め、1個でも電圧は弱いが何とか起動するはずだと心に念じて、1個だけ取り換えて停止ボタンを押す。止まらない、絶望だ。だが気を取り直して、最後の頼みとばかり、もう一度押すと、クーラーは「ヒュイーン」というような変な音を立てて停止した。歓喜のときが訪れた。寝るのが惜しいくらいの喜びだ。だがその喜びは一瞬にして消える。時計を見ると5時が近い。3時間以上リモコンに弄ばれた計算になる。窓の外からは微かな光が差し込み、起床時間が迫ったことを告げている。今から寝ても2時間しか寝られない。 リモコンは便利かもしれない。しかし私にはリモコンほど厄介な物はない。電池切れではなく発信機の故障で停止しなかったら今頃どうなっていたか、想像するだけでも背筋が凍る。自分でダイヤルを回しチャンネルを変え、ボタンを押してテレビを止めていた時代が懐かしい。あの時代の方が良かったのではないか、御殿に住んでいるわけでもあるまいに。 了
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