「熱力学」(田崎晴明著、培風館、2000年4月第一刷発行)を読んで目から鱗が落ちた。 熱力学は古典力学に次いで古く、良く確立された物理学の一分野だが、学生時代、正直言ってよく理解できなかった。別に高度な数学が理解に必要とされるわけではない。ただ電磁気や相対論、量子論、統計力学など他の物理理論のように体系化されていない感じがして、どうしてもそこで語られていることが呑み込めなかった。仕方なく「統計力学が分かればよい、熱力学など統計力学の応用、近似的な現象論に過ぎない」と自分に言い聞かせて無視することにした。だが実際は化学や工学では熱力学が欠かせない。しかも統計力学は熱力学の一部しか説明できない。熱力学は単なる現象論ではなく物理学の基礎理論の一つで応用上も理論上も極めて重要な分野なのだ。 この分からない熱力学が、田崎氏の本のお陰で漸く呑み込めた。熱力学の第2法則やカルノーサイクルがどういうことを意味するのか、初めてすっきりと頭に入った。これまでの熱力学の教科書ではその名のとおり「熱」が主役になっていた。しかし、この本では熱力学的な系を古典力学的世界が取り囲んでいる状態を想定し、古典力学的世界との間で遣り取りされる「仕事」とそこから導出されるヘルムホルツの自由エネルギーが主役になっている。ここでは「熱」それ自体は観測不可能な二次的な物理量でしかない。これは熱力学の出発点となった熱機関を正確にモデル化したものであり、まさしく熱力学を正しく理解するための最良のモデルと言える。「熱」は熱力学体系を整合的なものにするために二次的に導入される物理量に過ぎないという主張も極めて説得力がある。 今の仕事に熱力学が必要な訳ではない。だが熱力学は環境や宇宙や生命を考えるために欠かすことのできない道具だ。熱力学を知らずして、これらの問題を語っても説得力のない主張にしかならない。熱力学は現代文明の肝と言ってよい。 書店でこの本がふと目に入った。別に書評とか見て探していたわけではない。熱力学が不得意だったこともあり初めは無視するつもりだった。ただ「熱力学=現代的な視点から」という書名の「現代的な視点から」という文句に興味を惹かれた。そして手に取り、この本なら私の疑問を解きほぐし、食わず嫌いとも言える熱力学嫌いをなおしてくれるのではないかと期待して購入した。これまでも熱力学に限らず同じような期待を抱くことが幾度となくあり、悉く期待外れに終わったのだが、今回ばかりは大当たりだった。書店で本を見て歩く、やはりこの楽しみは何物にも代えがたいものがある。 了
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