☆ 猫の諍い ☆


 床に就いたら屋根を叩く凄い音がして飛び起きた。すると猫の唸り声が聞こえてくる。すさまじい迫力だ。暫し時を置いて雄叫びを上げながら取っ組みあう音が耳に響いてくる。季節がら、愛を求めて騎士たちが戦いを繰り広げているのだろう。

 野良猫か飼い猫が知らないが、都会に生きていても、猫には原始の生命力が残っている。それと比べて人はどうだろう。妙に大人しく物分かりが良くおよそ生命力を感じさせることがない。異性を巡る諍いも、ジェンダーとしての男女を巡る陰湿な駆け引きや嫉妬、生の躍動ではなく死の誘惑を感じさせるネガティブなものでしかない。

 音が止み静寂が戻る。決着が付いたのか、別の場所で第2ラウンドが行われているのか。とにかく嵐は去った。静けさは生命力に相応しい。循環する動と静、これこそが生の徴だ。それに引き換え、都会は夜を忘れて24時間煌々と光りを照らし活動している。雨戸をぴったりと閉じても、どこからか人口の光が忍び込んでくる。

 人間は原始的な生命力を放棄して、代わりに人工的な生を作り出した。確かにそれは非常に狡猾で他の生物種を圧倒する力を誇る。異性を巡り命がけの戦いをする必要はなく、人は力をいつでも節約することができる。だから寿命も長くなる。

 人口的な生を作り出した礎は高度に分節化した汎用的な言語と二足歩行により得た器用な手だ。この二つを基盤にして人は高度な思考力を得た。こうして夜寝床で取り留めのない考えに耽ることができるのも思考力があるからだ。だが、そんなものがあるからこそ、ときとして無差別殺人事件が起きたり、理想社会実現を錦の御旗にして大量虐殺が行われたりする。

 もし、生まれる前の魂が存在し、人か猫か選択できるとしたら、どちらを選ぶだろう。猫を選ぶ者が多いに違いない。夜中猫の諍いを聞いて思索する人よりも、異性を巡って懸命に争っている猫の方がどうみても健康的だからだ。


(H20/6/26記)


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