古本屋街で探していた本が見つかった。絶版ではなく新品が書店に置いてあるのだが値段が高い。中古本で安く売っていないかと探していたところ、新品同様で価格が3割安の中古本が見つかったのだ。早速それを手にすると後ろで「ちくしょう」と微かに呟く声が聞こえる。同じ本が欲しかったのだろう。振り返ると気まずい思いをするので、そのまま本を手にしてレジまでいき会計を済ませて古書店を出る。 古本屋街ではよくこういう経験をする。探している本が見つかったのにすぐに買わずに他の古書店でもっと安い本があるかもしれないと探している間に売れてしまったという痛い思いを何度したことか。声の感じでは私よりもずっと若い男だったが、男も他の店を探している間に私に先を越されたのかもしれない。 先を越されたら悔しい。やむなく高い新品や別の中古を買うことになれば尚更だ。だが自分の経験を語るとそういう場合大抵は購入を見送っている。そして購入しなくても何の支障もないことに後から気が付く。だとすれば手に入らないのは不運ではなく幸運だったことになる。余計な金を使わず、本の置き場に困ることもない。 希望した学校に入学できなかった、希望した企業に就職できなかった、好きな異性に振られた、人はショックを受ける。しかし、そのときは不運だと思っても後から考えるとそれが幸運の始まりだったということもある。人の運不運は長い目で見ないと分からない。幸運だと思ったことが不幸の始まりになることだってある。私は本を購入できたが、10ページも読み進むことができずに放りだすかもしれない。そのときは購入できたのが運の尽きと嘆くことになる。実際、新品があるのに古本を探したのはそういう可能性を計算に入れていたからだ。ちょうどいま目を通したところだが、やはり危惧したとおりになりそうだ。 あの後、若い男はどうしただろう。どこかでもっと安い本を手に入れただろうか。それとも、いつもの私のように諦めただろうか。いずれにしろ、それが男の幸運に繋がることを祈る。さもないと一冊の古書が二人の男を不幸にしたことになる。 了
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