☆ 技術史を歴史学の中心に ☆


 マルクスは、生産力が人間社会とその歴史を決定する基盤だと語っている。マルクスの考え(所謂唯物史観)は、後継者たちがしばしば単純な経済決定論を主張したために厳しい批判を受けたが、長期的にみれば生産力が人間社会を決定する最も重要な要素であることは間違いない。どんなに優れた将軍が次々と誕生したとしても江戸幕府を現代の生産水準と調和させることは不可能だっただろう。

 生産力は、人口、技術、資源、自然環境、社会構成など様々な要因で決まるものであり、単純に生産力=技術水準と考えることはできない。また技術は機械や道具だけではなく、それを操作する人間のスキルがなければ役立たないから、簡単に「技術」を構成要素に分解して説明することはできない。

 しかし、人口が増えるだけでは、環境が許す範囲で生産量が増えるだけで、生産力の質的発展があるとは言えない。もちろん量的な拡大でできなかったことができるようになることはある。ピラミッドの建設など100人の集落では不可能だが、1万人の社会なら可能となる。とは言っても、人口が1万人になれば自動的にピラミッドが建設できるようになるわけではなく、建築、測量、運搬、採掘などの技術に進歩がなければ実現しない。自然環境も同じで、肥沃な大地の発見は農産物の生産量を増大させるが、それだけではすぐに限界がくる。農耕道具、肥料、灌漑施設など農耕技術の進歩があって初めて、安定的に増大した収穫量の確保が可能となる。

 洋の東西を問わず、半世紀ほど前までは男性優位が著しかった。それが今では格段に男女差別は緩和された。これを、政治や法、教育、道徳の進歩に還元することはできない。技術水準が低かった時代、筋力で優る男の優位はある意味当然のことだった。衛生環境が悪く医療技術も未熟で、幼児の死亡率が高く、寿命が短かった時代、女性は人口を維持するために短い期間にたくさんの子供を産まなくてはならず、しかも産前産後に命を落とす者も少なくなかった。こういう時代背景は女性に大きなハンデを負わせて、男性優位を覆すことを不可能にしていた。しかし科学技術の進歩が男性優位社会の基盤を破壊した。いまや男性でないとできない仕事などほとんど存在しない。技術革新で兵器の破壊力が高まりすぎて大規模な戦争が不可能となったことも男性優位を覆すうえでは大きな役割を果たした。しかも40過ぎの初産も珍しくなくなったように医療技術の進歩で出産の負担と危険は軽減し、産前産後の2ヶ月くらいで仕事に復帰することができるようになり、女性の社会進出は容易になった。

 このように、技術が、過去においても、現代においても、社会と歴史を決める最も重要な要素であることに間違いはない。

 ところが、技術水準ですべてが決まるという余りにも単純な技術決定論が、歴史学に技術の重要性を軽視する傾向をもたらしているように思える。

 単純な技術決定論はもちろん間違っている。気象観測衛星を作るか軍事偵察衛星を作るか、核兵器を作るかニュートリノ観測施設を作るか、技術だけでは決まらない。技術がすべてを決定することなどありえない。だが、その一方で、気象観測衛星を作る技術がなければ軍事衛星を作ることはできず、核兵器を作る技術がなければニュートリノ観測施設も作ることはできない。技術は社会を一意的に決定することはないが、実現可能な社会の範囲を決めると言って間違いはない。

 おそらく、こんなことは言われるまでもなく分かっていると反論されるだろう。だが、歴史における技術の重要性を考慮するとき、歴史学での技術史の地位はいかにも低いと感じられる。政治的出来事と政治体制、宗教、文化が歴史教科書の記述の中心に位置し、古代を除くと技術の記述は隅に追いやられている。これで人間社会と歴史が正しく認識できるのか疑問だ。技術史を中心とした包括的な歴史研究と歴史教科書が必要とされている。


(H19/2/10記)


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