動物には口があり食物をとり、消化器官で栄養分を消化吸収して、残り滓を排泄器官で外部に排出する。これが動物の常識だ。ところが、口もなければ、肛門も尿管もない生物がいるというから驚きだ。(ネイチャー10月26日号) もちろん大型動物ではなくミミズの仲間で、学名がOlavius algarvensisという海生の微小動物だ。そういえばミミズは口も肛門もみたことがないと言う人がいるかもしれないが−実は私もそうだ−、ちゃんと口も肛門もあり食べて排泄している。しかし、この海生小動物には口もなければ肛門も尿管もない。何と不思議と言うか、便利な生き物だろう。 その秘密は体内に共生している細菌にある。この不思議な生物の体内には、硫化水素を酸化して硫酸塩を作り出す過程で、植物と同じように炭素を固定して栄養分を生み出す硫黄酸化細菌と、硫酸塩を還元して硫化水素を作り出す過程で炭素を固定して栄養分を生み出す硫酸塩還元細菌の二種類の細菌が共生している。つまり、この二つの共生細菌が互いにリサイクルし合って、口も排泄器官も不用な生命体を維持しているのだ。 これは実に素晴らしいシステムだ。この生物はおそらく地上で最も美しい生物だと言ってよい。「どんな美人でも○〇○をする」とはよく言う言葉で、お釈迦様も、身体が清浄で美しいなどと勘違いをしてはいけない、身体にあるたくさんの穴から汚い物が流れ出していると人々を戒めている。だが、この生物は○〇○もしないし、身体の穴から汚い物も出ていない。美の極致と言ってよい。 もし人間が何も食べずに何も排泄せずに生きていくことができたらどんなに素晴らしいだろう。人間社会から一切の争いが消えてなくなる。私利私欲に惑わされる者もいなくなる。人々はただ静かに思索と詩作をして生きていく。まさに桃源郷が実現する。大腸や口腔内には無数の細菌が生息しているのだから、こういう人間が誕生することも強ちありえないとは言い切れない。何かの偶然でこういう風に変異しないだろうか。 だが、これでは余りにも面白くない。私はそのような世界で暮らしたくないという御仁が少なくないようだ。人は本当に煩悩に満ちている。それを排泄するために身体中に穴が開いているのだろう。 了
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