☆ 人にとって大切なものは何か ☆


 夫婦で30年以上営んできた酒屋が店仕舞した。最近は駅の傍に安売りの店が出来て客足が遠のいていた。売上は芳しくなかっただろう。店仕舞する少し前、ビールを保存している冷蔵庫の調子が悪いが直すのに時間が掛かるとご主人が嘆いていたのを思い出す。

 5年前から週末この店でビールを買うのが習慣になっていた。この店のご主人は大の巨人ファンで、何かの拍子にこちらも巨人ファンだと思い込んだらしく、いつも店に行くと巨人の話しをしてくれた。巨人が勝つと途轍もなく嬉しいらしく声が弾む、逆に負けるとしょんぼりして声に張りがなくなる。微笑ましかった。本当はアンチ巨人なのだが、人のよいご主人と話しをしていると、いつしかこちらまで俄か巨人ファンになり巨人再建計画の話しになる。別に媚を売っているのではない。この店に来ると本当に巨人ファンになった心境になるのだ。一方おかみさんはバレーボールとサッカーの大ファンらしく、日本代表が勝つといつもその話しをしてくれた。身体も心も共にふくよかという感じのおかみさんも心を和ませてくれる存在だった。

 店がなくなり駅前の安売り店でビールを買うようになった。値段は安く1年で1万円くらいの節約になる。だが、たとえ家で飲むビール代が1万円節約できても、どうせ詰まらない飲み会の代金や、ろくに読みもしない本に化けてしまうだけだ。暮らしが良くなるわけでも世のために役立つわけでもない。アンチ巨人を楽しく巨人ファンに変身させてくれる店、バレーボールやサッカーの日本代表の活躍を共に喜びあうことができる店、それがなくなってしまったのだ。この損失はお金では補うことはできない。

 同じ商品なら安い店で買うほうが合理的だ。しかし、人は物を買うときに、ただその物を手に入れるだけではなく、人との交わりもまた手に入れる。たとえビールの値段が3割安くても、その程度のことではとうてい手に入れることが出来ないものが、気のよいご夫婦が営む店にはあったように思う。

 少子高齢化、年金不安、先行き不透明な時代の中で、人々は目先の経済的利得だけをみて、もっと人にとって大切なものがあることを忘れてはいないだろうか。人はガソリンをXリットル入れればYキロ走れる車とは違う。お金がなくては生きていけない、だが心の糧があって初めて人として生きる。「いつもありがとうございます。」ご夫婦の優しく温かい声が私の週末を豊かなものにしてくれていたことをいつまでも忘れないでいたい。


(H17/7/2記)


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