☆ 遠視で近視? ☆


 100万円で買った株が150万円まで値上がりしたが、売らないで様子を見ていたら120万円に下がってしまった。こういうとき、人は往々にして20万円儲けたと考えないで30万円損をしたと感じてしまう。120万円で売ったら、その後150万円まで値上がりしたときも同じように感じる。どうしてだろう。人間が欲張りだからだろうか。

 多分そうではない。人は無意識のうちに一番時間的に近い出来事を比較して事態を判断するようにできている。100万円で株を購入、150万円まで値上がり、120万円に値下がり(売却)、後者の二つを比較するから損をした感じがする。100万円で買って120万円で売ると、そのときは得をした気になるが、その後150万円まで値が上がると、120万円の売却価格と150万円の現在価格を比較することになり、やはり損をした感じになる。

 女子スポーツ選手で、よく美人選手と騒がれる人がいる。だが、よくよく見ると、大抵は、タレントとして売り出していたら、美人とは言われなかっただろうと思われる人がほとんどだ−誰とは言わないが−。近くの選手と比較するから美人に見えるが、タレントの中に入ると周囲が美人・美少女揃いだから特段奇麗には見えない。むしろ○○の部類だと思われることになる。

 人間の脳は(多分)時間的・空間的に近いものを比較して行動を決めるようにできている。元々、人間とて自然界に生きていた動物の一つに過ぎない。いつ敵に襲われるか分からないジャングル生活をしていた頃の人間には、遠くにあるものや昔のことをあれこれ考えてもたいした意味はなく、空の色の急な変化、微かな物音、見知らぬ者の侵入など微妙な変化に鋭敏に反応することが野生で生きるために不可欠な能力だった。だから脳もそういう風に出来ている。

 人間は文明化して、安全を確保することができるようになり、小さな変化に敏感に反応する必要がなくなった。その結果危険を感知する能力も著しく衰えた。なにせ毒キノコ図鑑を持参しても中毒になる人が後を絶たないくらいなのだ。しかし、それでも脳の構造はそう簡単には変わらない。文明化して時間的に余裕ができたのだから、すぐにかっとなり暴力的な行動を起こしたりすることは百害あって一利なしなのに、人は相変わらずすぐにかっとなり、とてつもないこと、あとから考えれば全く馬鹿げたことと思えることをしでかしてしまう。戦争やテロなどは集団レベルでの、その典型的な事例だと言えよう。

 しかも悪いことに、昔の出来事や遠いところにある物を理解し記憶する能力が格段に進歩したために、恨みが蓄積されやすくなった。昔の出来事や遠くのものを知ることができるようになった分、思考もゆったりとした大局的なものになればよいのだが、そうはいかない。その結果、昔の恨みと近くの諍いが相乗効果を起こして過剰反応が生じる。中国や韓国の反日騒動や、それに対する日本国内の過剰反応などはその事例の一つとみることができる。

 要するに、現代人は遠視で近視なのだ。老眼と言ってもよいかもしれない。文明が発達して、よく見えるようになったつもりでいるのだが実は近くも遠くもちっとも見えていない。いや、視界には入っているのだが情報が上手く活用できないのかもしれない。

 いずれにしろ、現代人は地球を吹っ飛ばすくらいの巨大な力を手にしている。自分の力を過信せず、眼鏡なしには歩けないことをよく自覚して慎重に行動することが大切だ。


(H17/4/29記)


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