☆ 小説家志願 ☆


 パソコンは便利だ。文章を幾らでも書き直すことができる。文才がなく注意力散漫な筆者は生来作文が大の苦手だった。ところがパソコンが登場してから、とりあえず書いて後から直すことが簡単にできるようになった。

 それ以来、もしかしたら小説が書けるかも知れない、憧れのカフカに近づくことができるかもしれないと思うようになった。以前から、傲慢にも、文才は致命的に欠けているが、アイデアだけは超一流だという自負があった。そこで、小説とやらに挑戦してみた。

 だが、なぜか上手く行かない。上手く行かないことに一々理由があるわけではないが、どう考えても上手くいくはずなのに、上手く行かない。

 先ず手出しを書く。「いつもより早く目覚めたヨーゼフ・Oはパソコンの電源を入れたが、パソコンが立ち上がらないことに気が付いた。」

 うん、うん、なかなかいいじゃないか、カフカの「変身」を髣髴とさせる。だが、次がなかなか出てこない。

 とりあえず、椅子から立ち上がると文章が思い浮かぶ。よし、こうだ。「Oはしかたなく、新聞を取りにいく。だが、ポストを開けてみると、いつもは届いているはずの朝刊が届いていない。」うん、これも悪くないぞ。後の展開を期待させる書き出しだ。

 ところが、後がいけない。その先が続かない。「トイレに行き用を足すと、紙がないことに気が付く」、「そのとき、部屋から何かこげているような臭いがしてくる」、「携帯の着メロが鳴り響く。早朝静まり返った部屋の中では異様に音が大きく聞こえる」、などなど色々と書いてみるのだが、どれもこれも今ひとつで先が続かない。苦心惨憺した挙句、最後は「今日は新聞休刊日であることに気付いた」で落ち着いた。だが、これで小説は終わってしまった。

 私の処女作は三文小説にもならず、三行小説で終わったのだった。

 しかも、情けないことに、「新聞休刊日」という表現に落ち着くまでに、30分以上も苦心惨憺して書き直しを繰り返したのだった。「新聞が休みの日」、「朝刊がない日」、「朝刊が休みの日」、「祝日なので朝刊がない」などの幾つかの候補が浮かび、どれもいま一つだと悩んだ挙句「新聞休刊日」に思い至ったのだ。やれやれ、「小人閑居して不善をなす」の喩えどおりだ。(意味不明)

 やはり小説は難しい。パソコンが登場しても、才能のない者に才能が芽生えることがないことを認識した私はそれ以来小説に挑戦していない。三行小説という新しいジャンルを創設しようかとも思ったが、俳句や短歌がすでに存在するから、ほとんど意味がないような気がして、それ以上アイデアを温めていない。

 だが、一万人の文才のない人間をネットで繋ぎ、三行小説を各人が順番に書いて纏めれば凄い作品が出来そうな気もする。誰か試みてくれないだろうか。筆者は恥ずかしいので誰かが失敗してくれるのを待っている。


(H16/8/17記)


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