☆ クローンに思う ☆
―人間は悪魔の技を手にしたのか−


感情論先行の議論
 英国ロスリン研究所で、クローン羊ドリーが誕生してから5年が経過した。衝撃の余波は依然として収まるけはいがない。最近、なにかと話題になっているのが、クローン人間の問題である。クローン人間を誕生させると宣言している学者たちが、少なからず存在する。
 羊と人間は、見かけはともかく、細胞や遺伝子のレベルでみれば大差はない。クローン羊が実現されたことで、クローン人間も可能であることが証明された。
クローン羊ドリー誕生当初から、クローン人間の是非が議論されてきた。しかし、正直言って、まともな議論を聞いたことがない。感情的な議論ばかりである。
 「人間は神の領域に入り込もうとしている。」という言葉をよく聞く。ばかばかしい話だ。クローン羊を作り出したくらいで、人間が神の領域に入ったなどと言うのは、思い上がりもはなはだしい。
神を持ち出す傲慢さ
(承)人間は、農耕を始めてから、ずっと、自分の都合がよいように自然環境と生物を作り変えてきた。
 クローン技術も、その延長線上に位置するに過ぎない。人間以外の動物や植物を、さんざん好き勝手に変えておいて、いざ、我が身にもそれが及ぼうとしたら、とたんに騒ぎ出す。身勝手なものである。あまつさえ神の領域などと、よく口に出して言えるものだ。神は人間のコンサルタントではない。こんなことくらいで神を持ち出すところが、人間の愚劣さ、傲慢さの証である。クローン作りなど単なる化学反応の一種に過ぎない。神は、人間がクローン人間を作ろうが作るまいが、何も関与しない。自己責任でやれ、と言うだけであろう。
 自分と同じ遺伝子を持つ別の人間がこの世に存在しているところを想像すると、たしかに気味のよいものではない。だが、考えてみてもらいたい。クローン技術で、自分と同じ遺伝子をもつ臓器を作りだすことができるようになれば、臓器移植に纏わる問題は一挙に解決する。自分と同じ遺伝子をもつ臓器であれば、拒絶反応は生じない。移植は現在より遥かに容易になる。心臓移植を必要とする患者は、脳死者を待つ必要がなくなる。自分の体細胞を使って心臓を作り出せばよいのである。
可能性を全否定する愚かさ
 特定の臓器を作り出すことは、丸々人間一人を作り出すことより難しいだろう。特定の臓器に分化する細胞群を取り出し、それを制御して、目的とする臓器を作り出すことは難しい。しかし、実現不可能ではないだろう。少なくとも、血液や骨髄を作り出すことはそう遠くない将来に可能となるだろう。
 人間を対象としたクローン技術の応用が素晴らしい可能性を持つのに、それを頭から否定するのは愚かである。それならば、全ての科学技術を捨て去るべきだ。どんな科学技術には、必ずどこかに悪魔の知恵が潜んでいる。クローン技術だけが悪魔の技ではない。
 たしかに、体細胞からクローン人間を作り出すことを安易に容認するべきではない。クローン人間の法的地位など多くの社会的問題が存在する。宗教的、思想的な理由から、クローン技術に嫌悪感を持つ人も多いだろう。クローン技術を実用化するにあたっては、徹底的な情報開示とコンセンサス形成が不可欠である。
クローン人間だけではない!
(転)クローン人間を作り出すことだけが目的であれば、私も、クローン技術の人間への応用には賛成しない。しかし、繰り返しになるが、クローン技術は、クローン人間を作り出すことを目的とするものではない。体細胞から取り出した遺伝子を移植した細胞が分裂・増殖していく過程を制御することで、さまざまな可能性が開けてくる。臓器移植だけがその応用例ではない。
 パーキンソン病は、ドーパミンを作り出す神経細胞が死滅することで生じる。この病気は現在のところ根治療法がない。運動ニューロンが死滅していく筋萎縮性側索硬化症に至っては、治療法が存在しない。クローン技術を応用することで、このような難病の治療が可能となるかもしれない。実際、幹細胞−さまざまな細胞へ分化する能力を持つ細胞−を使った治療法の研究が進められている。幹細胞とクローン技術は共通のメカニズムに基づいている。患者から取り出した体細胞から、クローン技術によりドーパミンを作る細胞や運動神経細胞を作り出すことができれば、最良の治療法となる。
問題の本質を見失うな
(結)クローン技術を、短絡的にクローン人間作りに結び付けることが間違いなのである。クローン技術は遥かに大きな可能性を秘めている。クローン人間に関わる重大な倫理的問題があるのは事実である。だからと言って、それだけに目を奪われて、本質を見失うことがあってはならない。
クローン技術の最大の問題点は、それが技術的に未熟であること、理論的な解明が不十分であることだ。研究者たちは、往々にして、自分たちの研究成果を過大に宣伝する。すぐにも、あらゆることが可能となるかのごとく語りたがる。実情をよく知らないマスコミがそれを助長する。だが、クローン技術は始まったばかりである。現段階では、できること、わかっていることは僅かで、できないこと、わからないことの方が圧倒的に多い。まず、このことを理解することが大切である。


(H14/11記)


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