☆ ロールズと現代 ☆


 正義論(1971年)の著者として知られるアメリカの政治哲学者ロールズが11月24日逝去した。享年81歳であった。  ロールズは、その著「正義論」で、正義の根拠付けに取り組んだ。英米思想界では、ベンサムやミルに端を発する功利主義的倫理観が圧倒的な勢力を占めていた。そこに、ロールズは敢然と反旗を翻した。

 「最大多数の最大幸福」、功利主義の原理は、何が幸福であり正義であるかという根源的な問題を回避する。経済的な富しか規準はない、しかし、数量化された富は、幸福の証ではない。それは付随的な現象だ。

 正義は、富を基準とするものではない。正義は、数値化された経済的な富を超えたものである。カントは嘗て「正義はなされよ。たとえ、この世が滅びようとも。」と喝破した。ロールズは、カントの衣鉢を担いで、経済的な富と社会的成功に幸福、善、正義の証を求める世相に挑戦した。
 カントは、道徳を定言命令と捉える。カントは、道徳律はそれを守らないと不利益があるから守られるべきものである、という考え方を否定して、それ自体が無条件に妥当する絶対的なものだと主張する。しかし、私たちは、カントの定言命令としての道徳律という考えでは納得できない。どのような道徳律でも、ときと場合により、善でもあり、悪でもある。カントの倫理説は、功利主義者だけでなく、偉大な後継者であるヘーゲルにより、直ちにその欠陥を指摘され破綻した。

 ロールズは、社会契約説を再構築することで、正義は、富や幸福に先立つものであるというカントの主張が正しいことを論証しようとする。

 ロールズは二つの原理を掲げる。
■自由はすべての人に公平に分配されなければならない。
■経済的・社会的不平等は、次の条件がみたされるときだけ容認される。社会の中で最も恵まれていない人にも、それが有益であること。最も恵まれない人にも、最も恵まれた地位を獲得する可能性が与えられていること。この条件を満たすときにだけ不平等は容認される。
 ロールズはこの条件を社会契約の基礎に据えて、正義の根拠付けに取り組む。この二つの原理が、経済的富とは独立したものであるのは明らかであろう。ロールズは、経済に対して倫理の優位性を主張する。

 ロールズが成功したかどうかは、ここでは論評しない。賛否両論が渦巻いた。どちらかと言えば否定的な意見が多かった。「正義論」が世に出てから30年が過ぎた現代、社会の様相は、ロールズの理念から遠く隔たっている。だが、ロールズのように真正面から正義を探究することをダサイと考えるような風潮が蔓延り、社会的富や栄誉の獲得だけを人間の価値基準であるかの如く語る者たちが往来を闊歩する現代こそ、ロールズの思想をもう一度問い直すべきである。



(H14/12記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.