井出 薫
量子情報理論とか量子情報科学などという言葉をよく目にするようになった。教科書や専門書、一般向け解説書も増えている。近年、量子コンピュータや量子通信などが次世代の新技術として注目されている。このことが上記のような書籍が増えた理由と考えてよい。これらの新技術が画期的なのは量子論の基礎原理がそのまま使われているという点にある。半導体、超伝導体、レーザー、新物質の開発など現代科学技術のあらゆる分野で量子論が使われている。しかし、これらの技術では量子論を計算の道具として使っているだけで、状態の重ね合わせ、量子もつれ(非局所性)など量子論の基礎原理を直接応用することはなかった。 状態の重ね合わせは波束の収縮、量子もつれは(特殊相対論と矛盾しているようにみえる)量子テレポーテーション(注)など、物理学者の間でもその解釈について意見が分かれる不可解な性質を有する。量子論が確立される過程では、これらの性質をどう解釈するかで様々な議論がなされた。アインシュタインは量子論誕生に大きな役割を果たしたが、その一方で、量子論の不可解な性質に関するボーアなどによる正統派(コペンハーゲン派)の解釈に賛同できず、終生、量子論を不完全な理論と考え代替理論を探求した。しかし、量子論が原子のスペクトルの解明などミクロ領域の基礎理論として大きな力を発揮し、様々な技術分野で最良の計算方法として活用されるようになると、量子論の基礎原理に伴う不可解な性質に関する議論はなりをひそめた。量子論はあらゆる分野で正しい答えを導く。量子論の原理に潜む不可解な性質などに注目する必要はなく計算に役立つのだからそれで良しという実用主義的な風潮が広がった。しかし、近年の量子技術は量子論の不可解な性質を直接活用する。その結果、量子論の基礎や量子論の解釈に関する議論が再び活発になっている。 (注)量子テレポーテーションにおいても、情報は真空中の光速より遅い速度でしか伝わらず特殊相対論と矛盾しない。 量子論では、物理系の状態がただ一つに確定する古典物理学(本稿では古典力学と古典電磁気学を意味するものとする)と異なり状態は一般に重ね合わせで表現される。そして測定をすると、重ね合わされた状態のどれかが選択される。古典物理学では運動量、角運動量などの物理量は測定するかしないかにかかわりなく確定された値を持つが、量子論では測定するまで値は確定しない。そしてどの値が選択されるかは確率的にしか分からない。古典物理学が有する決定論的な性格は量子論では保持されず統計的な決定論だけが成り立つ(但し量子論は決定論を否定しない。各状態の出現確率は決まっている)。 それゆえ、量子論では状態は情報理論的な意味を持つ。状態は古典物理学では対象となる物理系を直接表現するものと考えられていたが、量子論では状態は物理系が有する統計的な性質を表現するものとなっている。そのため、量子論での状態とは対象の情報を表現していると解釈することができる。値が確定していれば、物理的な測定はそれを確認するに過ぎない。たとえば物理状態が二進数で11であることが確定していれば測定結果が11になるのは当然で、測定結果は物理学的事実を確認したに過ぎないことになる。これに対して量子論では11か10か01か00か確率的にしか決まっていないので、測定結果が11だとすると、そこでは新たな情報が得られたことになる。不確実性があるところで初めて情報は意味をなす。このことから、量子論には情報理論的な性質があることが分かる。さらに突き進んで、量子論とは情報理論なのだと主張する者もいる。ただし、この見解には賛同できない。それについては最後に議論する。 物理学の理論で、情報理論的な性質がある理論は他にもある。熱力学と統計力学だ。両者は相互に補完しあう関係にあり、いずれも膨大な数の粒子から構成されるマクロな現象を説明するために使われる。どちらを使うかは対象による。熱力学でも統計力学でもエントロピーという量が重要になる。両者のエントロピーは定義が異なるが、熱力学におけるエントロピーと値が一致するように統計力学のエントロピーは定義されており両者は同じものを表現すると言ってよい。ここで注目すべきはエントロピーという概念が情報理論でも使われるということだ。情報理論のエントロピーは情報をなすデータの出現確率から計算される。ここで熱力学と統計力学のエントロピーと情報理論のエントロピーが等価であるかどうかが問題となる。この問題は長く未解決であったが今では等価であることが証明されている。その結果、情報を獲得する(=情報理論でのエントロピーを下げる)操作には熱力学・統計力学的なエントロピーの生成が伴う。これらのことから熱力学・統計力学が情報理論と類似した性質を持つことが分かる。 このように、量子論、熱力学、統計力学は情報理論的な性質を持つ。では決定論的な古典物理学ではどうだろう。古典物理学では物理量は確定値を持つから情報理論的ではないと論じた。だが現実には古典物理学でも理論値と実測値が厳密に一致することはなく正しい理論でも理論値を中央値として実測値は確率分布(多くは正規分布)をとる。それゆえ古典物理学にも情報理論的な側面はある。 さて、量子論は情報理論的な性質を持つと論じてきたが、そのことを以て量子論は情報理論だとは言えない。熱力学・統計力学は量子論と同様に情報理論的な性質を持つ。そして古典物理学ですら情報理論的な性質を持つ。ただし古典物理学における情報理論的性質とは測定誤差に関わるものであり、基礎原理において情報理論的な性質を持つ量子論と比較すると情報理論との関連性は低い。とは言え、量子論、熱力学、統計力学、古典物理学、情報理論、いずれもモデル・道具であり、それぞれの対象とは解消できない差異を持つ。そしてモデル・道具という次元において情報理論が有する性質を量子論などの物理理論が共有している。特に、量子論は情報理論と性質を共有するところが大きい。だが、それはあくまでもモデル・道具という次元での話であり、量子論そのものを情報理論だということは適切ではない。なぜなら情報とは人間など知的存在者が存在する限りにおいて情報なのであり、人間が存在しなくても存在する様々な物理現象を説明する量子論とは自ずとその性質が根本的に異なるからだ。ただし、物理学と情報理論を統一したモデル・道具を構築し統一した視点で物理現象と情報を研究することは意義深い。特に量子技術が実用化されようとしている現在、それは必要なことでもある。 了
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