☆ 数学はなぜ難しいのか ☆

井出 薫

 数学は難しいと言う者が多い。元同僚にも理系進学を考えたが数学に自信がなかったので文系を選んだと言う者が少なくない。だが数学はなぜ難しいのだろうか。以前は、人間の脳がコンピュータとは違うからだと考えていた。人間の脳は大量のデータの計算や分析に向いていない。だから数学が難しく感じる。こんな風に考えていた。だが今は直観の問題だと思っている。もし数学がすべて計算やデータ分析に帰着するのであれば、リーマン予想のような重大な未解決問題もAIを使えば解けるはずだ。しかし、将棋や囲碁で名人を圧倒するAIも、リーマン予想などの難問には全く歯が立たない。

 数学は徹頭徹尾合理的で、ヘーゲルの弁証法やハイデガーの存在論、デリダの脱構築などとは比較にならないほど明快だ。ヘーゲルやハイデガー、デリダなどは言っている本人ですら本当は何を言っているのか分かっていないのではないかと疑いたくなるほど曖昧模糊で難渋だが数学は全く違う。それなのに、多くの者が難しすぎると嘆いている。斯く言う筆者も高校くらいまでは数学を得意だと思っていたが、大学に入り複素関数論、いやそのまえの実解析の陰関数定理のあたりから怪しくなり、関数解析や微分幾何学などはお手上げだった。

 難しい理由は色々あるが、高度な数学の場合には直観が働きにくいということが大きいと思う。高度な数学には4次元はもちろん、それ以上の次元が登場する、関数解析では無限次元も登場する。関数の関数(汎関数)や測度などという抽象概念も出てくる。こういった概念を直観的に把握することは容易ではない。群論など現代代数学の形式的な記述は無味乾燥で、理解するには直観が働くモデルの構成が欠かせない。しかし、その具体的なモデルを構成するには優れた直観能力が不可欠で一般人には極めて難しい。

 数学は単なる論理の積み重ねではない。数学を理解し、未解決問題を解決するには直観が欠かせない。だが、高度な数学で直観を働かせるには天才的な閃きと特殊能力が必要となる。だから、高度な数学は筆者のような凡人を寄せ付けない。残念だが、仕方ない。


(2024/10/27記)

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