☆ 空間の次元 ☆

井出 薫

 私たちは3次元空間に生きている。自明のように思えるが、アインシュタインの相対論では時間1次元と空間3次元で構成される4次元時空が物理学の土台とされている。ただし空間の次元が3であることには変わりはない。一方、SFや特撮では4次元空間が登場し、異星人や怪人が4次元空間を通って神出鬼没に現れ人間を翻弄する場面をよく目にする。

 4次元空間など空想の産物に過ぎないと思われるかもしれない。だが、必ずしもそうとは言えない。3次元空間の部分空間である2次元空間を考えてみよう。3次元座標(x、y、z)を考える。ここでz=0に固定すると(x、y、0)という2次元空間(つまりxy平面)が定まる。この2次元空間内でのみ移動でき、外部を認識できる生物を想像してみよう。この生物がxy平面の一点(1、1)から別の点(1、−1)に移動するにはx軸(x、0)を必ず通らなくてはならない。一方、3次元空間を移動、認識できる人間は、(1、1、0)からz軸方向に動き(1、1、1)へ移動することができる。2次元に閉じ込められている生物には人間が突然消滅したように見える。2次元生物の認識できる空間は(x、y、0)に限定されるからだ。さらに人間は(1、−1、1)へと移動し、続いて(1、−1、0)へと移動することができる。2次元生物は(1、1)で消滅した人間が突然(1、−1)に現れたように見える。しかも人間は(1、1、0)から(1、−1、0)にx軸を過ることなく移動できる。

 同じ論理で、世界は本当は4次元だが、人間は3次元空間内でしか移動することも認識することもできないと想像してみよう。4次元空間を自由に移動できる生物がいたとする。人間は(1、1、1)から(1、1、−1)に移動するにはxy平面(x、y、0)を通過しなくてはならない。しかし4次元生物は(1、1、1、0)→(1、1、1、1)→(1、1、−1、1)→(1、1、−1、0)とxy平面を通過することなく移動できる。つまり4次元生物は容易に壁抜けができる。

 数学では、4次元だけではなく、5次元、6次元、さらに高次元の空間を考えることができる。ヒルベルト空間などは無限次元を持つ。しかし、これらは抽象的な数学の世界の話しであり、現実の世界は3次元空間だと多くの者は信じている。ところが、そうではない可能性が生まれている。物理世界を構成する4つの相互作用、重力相互作用、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用を統一的に記述する物理学の究極理論の候補である超弦理論やM理論では、世界は10次元時空あるいは11次元時空と考えられている。つまり空間は9次元または10次元になる。では3次元以外の6次元あるいは7次元はどこにあるのだろうか。無限に長いパイプを考えてみよう。パイプの半径は極小で人間の目にはもちろん、電子顕微鏡でもゼロにしかみえないとする。するとそれは一見したところ1次元にみえる。パイプの表面でのみ生きる生物がいたとしたら、その生物は自分たちは1次元空間に生きていると考えるだろう。それと同じ理屈で、余剰次元の6次元または7次元がプランク長という人間にはいかなる実験装置を用いても識別できないほどコンパクトに縮小していれば、人間は余剰次元を認識することができない。その結果、私たちは3次元の世界に生きていると思い込むようになる。また先に論じた4次元空間の例が示すように、私たち人間は何らかの理由で3次元空間に閉じ込められているが、世界は9次元あるいは10次元空間だと考えることもできる。実際、Dブレーンワールドと呼ばれる理論ではそうなっている。そして4つの相互作用のうち重力相互作用を除く残りの3つの相互作用は3次元空間(一つのDブレーン)に閉じ込められているが、重力相互作用だけは3次元空間を超えて他のDブレーンに伝わることができる。つまり3つの相互作用は(x、y、z、0、・・)に閉じ込められており、それが(x、y、z、1・・)に及ぶことはない。ただ重力相互作用だけが(x、y、z、1、・・)に到達することができるという考えだ。そして重力相互作用が3次元空間を超えて伝わることが、宇宙の加速膨張の原因とされるダークエネルギーの存在量を説明するという意見もある。

 現時点では、超弦理論やM理論はもっぱら理論的整合性などで支持されているだけで実験や観測など実証的なデータで正しさが証明されているわけではない。また、これらの究極理論の候補が真に究極理論であるならば、その理論から低エネルギー極限を取ることで素粒子論の標準理論が導かれるはずだが、それにも成功していない。低エネルギー状態の解は膨大な数があり、なぜ標準理論なのかが説明できないのが現状だ。

 いずれにしろ、世界が3次元空間であることは私たちが考えるほど確実な事実ではない。数学的にはもちろん、物理学的にも4次元以上である可能性が十分にある。そして、このことは哲学においても、認識論的にも、存在論的にも重要だと言える。たとえばカントは3次元のユークリッド空間を人間が有する純粋理性の3層構造(理性、悟性、感性)の基底部である感性的直観の形式と考えた。しかし、空間の持つ高次元性を人間が認識できることを考えると、カントの主張には疑義が生じる。空間の問題は(本稿では論じなかった)時間の問題と共に哲学的にも興味深く示唆に富む。


(2024/10/12記)

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