☆ 資本主義とマルクスを共に超えて ☆

井出 薫

 ここ数年、資本主義の限界が語られることが多くなっている。資本主義は本当に行き詰っているのだろうか。

 そもそも資本主義とは何だろう。マルクスに拠れば、資本とは「自己増殖する価値体」だとされる。貨幣、商品、生産要素(生産手段と労働力)などの形態を取る資本が自ら活動し増殖することはない。資本が資本であるためには、資本家が利潤を期待して、貨幣などを市場に投入する必要がある。それゆえ、資本主義とは、資本家や私企業が利潤獲得を目指して投資することで経済が支えられている社会だと言ってよい。付け加えて、マルクス主義者であれば「利潤は労働者の剰余労働を搾取することで生み出される。それが資本主義の根幹をなす。」と言う。しかし、マルクスの搾取理論は労働価値説を前提とするもので異論が多い。それゆえ、とりあえず、資本主義とは、資本家や私企業が利潤を目指して経済活動をすることで成立している社会であると考えておく。

 マルクス主義者は、こう考える。資本主義では、社会的に有益な事業、たとえば教育や福祉などでも、利潤が得られると期待できない限り、実現しない。逆に、社会的に有害でも、利潤が得られるのであれば、実現する可能性がある。機械の導入は、生産性を向上し、労働を楽なものにする可能性を有するが、利潤獲得を目的とする資本主義では、機械は労働者の仕事を奪い、その生活を圧迫する。一方で、機械の導入は生産性を向上させ利潤を増大させるから、資本家は機械の導入に積極的になる。その結果、資本主義では、技術が急速に発展する。つまり、資本主義は技術を発展させる力はあるが、技術を社会のために使うことはできない。事実、現代でも、多くの分野で技術が目覚ましい進歩を遂げているにも拘わらず、労働は楽にならず、労働時間も思うように減少していない。モバイルインターネットが普及して、どこにいても、365日・24時間、仕事が追いかけてくると嘆く者もいる。このように、資本主義は労働者の生活を改善することができず、社会的に有益な事業も拡がらない。それゆえ資本主義は必ず行き詰る。

 一方、資本主義を擁護する者は、こう反論する。社会的に有益だが、市場の自由に任せておいては利潤が上がらない事業は、補助金を出す、税制上の優遇措置を取るなどして利潤が得られるようにして企業の参入を促す、あるいは税金で行政が直接事業をする、という方法で実現することができる。有害な事業は法で規制する、課税するなどの方法で回避することができる。同じような手法で、全ての市民に有益であるような技術の利用方法を現実化することができる。

 資本主義の未来は、どちらの考えが正しいかに掛かっている。主流派経済学者の多くは後者の考え方を取る。しかし、それは疑わしい。人間がそれを実現できるほど賢いのであれば、すでに経済的問題はほとんど解決していたと思われる。実際、1930年頃、ケインズは100年後の未来を予測し、経済的な問題は解決され、人々は忙しく働く必要はなくなる、精々週15時間働けば十分という時代が来ると予言した。ケインズの予測した100年後つまり2030年にはまだ時間があるが、予言が当たる可能性はほとんどない。資本主義を維持したうえで、行政などが外部から操作して経済的問題を全て解決するという訳にはいかない。

 こうして考えていくと、資本主義の未来は余り明るいものではなく、いずれ行き詰まると考えておいた方が良さそうだ。ただし、それがどれくらい先のことかは誰も知らない。では、どうするか。昔のマルクス主義者ならば共産主義革命が答えだった。しかし、ソ連と東欧の歴史が物語るとおり、中央が強大な権力を握る中央集権体制なしに計画経済を機能させることは難しい。共産主義=計画経済ではないと言っても、計画経済に代わる現実的な代替策はない。

 そうなると、当面は資本主義の修繕を続けて少しでも良い社会を作る、あるいは悪化を避ける、その間に次の社会を考えるという方針が思い浮かぶ。だが問題は、先にも述べたとおり、人間がそれほど賢い存在ではないということだ。目指すべき未来を設計できるほど賢ければ、悩むことはなかった。

 おそらく、人間知性の水準を考慮したとき、最善の道は、平和的な方法で、様々な代替策を試してみるということになる。物を所有しないシェアリングエコノミー(新しいタイプの共産主義とも言える)、生きるために必要な資金を予め全ての市民に与えるベーシックインカムなど、様々な新しい試みが生まれている。それらは全て失敗に終わるかもしれない。いや、おそらく失敗するだろう。だが、私たちは失敗から学ぶことができる。最善の設計はできずとも、利潤獲得を社会の原動力とする資本主義とは違う、それよりもマシな社会をそこから生みだせる可能性がある。それに期待したい。


(H28/11/5記)


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