☆ 宇宙論 ☆

井出 薫

 誕生から137億年。構成要素の73%は正体不明のダークエネルギー、23%はダークマター、残り4%が正体のはっきりしている電子、陽子、中性子などのバリオン。ダークマターの候補は未発見の素粒子であるアクシオンや超対称性粒子。極めて曲率0に近いほぼ平坦な空間で、現在は加速膨張するインフレーション期にある。これが現代の宇宙論が描き出す宇宙像だ。

 宇宙全体からみれば無限小に等しい地球に暮らす人類がここまで詳しく宇宙を知ることができるとは驚異的だ。しかも単なる空想ではなく科学的な根拠がある。しかし、この宇宙論には多くの(疑う余地がある)仮定が存在する。

 この宇宙論は一般相対論が正しいことを大前提としている。一般相対論は多くの実験や観測と整合しており、ほとんどの物理学者はその正しさを確信しているが、量子論のように圧倒的な量の証拠がある訳ではない。事実、今でも一般相対論に懐疑的な学者もごく少数ながら存在する。

 宇宙の距離は、変光星と超新星など標準光源の絶対光度の不変性を基に測定される。しかし、これら標準光源の光度の不変性は観測と理論の両面から支持されているとは言え、一般相対論以上に不確実性が残っており、今後見直される可能性がある。もしも観測されている天体までの距離が変われば、現代の宇宙像は大きく修正を迫られることになる。

 他にも観測結果の解釈には様々な仮定が用いられており不確定要素は多数存在する。しかも宇宙の7割以上を占めるダークエネルギーの正体についてはほとんど何も分かっていない。さらに137億年より以前はどうなっていたのか、どうして宇宙は誕生したのか、他にも宇宙があるのか、こう言った根源的な疑問には手付かずの状況が続いている。物理学者は、究極の物理理論の候補とされる超弦理論とM理論がこれらの問いに答えてくれることを期待しているが、これらの理論は現状では専ら理論的整合性から支持されているに過ぎず観測や実験に基づく確かな証拠はない。

 何よりも疑問なのは、宇宙全体からみれば無限小に過ぎない地球に縛られている人間が発見した物理法則が、宇宙の遥か彼方や過去にも成立していたという証拠があるのかという点だ。物理学者は観測と理論の両面から過去・現在・未来、そして宇宙全体で、地球で発見された物理法則が成立していると信じている。しかし、その内実を覗きこめば、物理法則が普遍的に成立していることが証明されている訳ではなく、寧ろ人間が発見した物理法則が普遍的に成立していると(暗黙のうちに)仮定され、現代の宇宙像が導出されていると言うのが真実だ。

 それゆえ、物理学者が支持している宇宙論のモデルや究極の物理理論が正しい可能性はあるが、間違っている可能性あるいはそれが成立する範囲が時間的にも空間的にも限られている可能性もある。人間は自分の力を過信する傾向が強いが、明日の天気も精確には予測できず、大災厄をもたらす巨大地震の予測もできないのが科学の現実だ。壮大な大宇宙が、そう簡単に、その真の姿を人間の前に現すとは信じ難い。

 だが、この不確実な現実を謙虚に認めれば、宇宙は物理学や宇宙論の専門家だけのものではなく、全ての人々のロマンの対象として存在していることが明らかになる。大真面目で宇宙の始まりを理論とコンピュータと観測装置を使って喧々諤々議論を続けている物理学者には申し訳ないが、無限の宇宙が科学だけではなく、人々のロマンの対象であることは途轍もなく楽しいことではなかろうか。


(H22/3/8記)


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