☆ バグを活かす ☆

井出 薫

 コンピュータにとってバグは致命傷で正常な動作をしなくなる。せっかく途中まで作ったドキュメントが消失して泣きを見た人は数限りない。

 バグを無くすことがソフトウエア開発者の悲願だが、プログラム規模の巨大化でバグはなくなるどころか増加している。コンピュータのバグを発見する効率的なプログラムは存在せず、肥大化した電脳世界は至るところにバグという名の落とし穴が口を開いて待っている。

 人間はコンピュータか?という議論がなされることがある。答えは出ていないが、コンピュータにできないことは人間にもできないし、人間にできないことはコンピュータにもできないと多くの専門家は考えている。だとするとコンピュータにバグが潜んでいるように、人間にもバグが潜んでいることになる。鍵の保管場所が分からなくなる、人の名前を度忘れする。実際、人の振る舞いはバグだらけだ。これでよく動いているものだと感心する。

 だが、ここにこそ人間の脳固有の優れた性質がある。バグがあるからこそ、人は創造することができるし、様々な環境に適応することができる。人はバグで普段通りの行動ができなくなるが、そのことが新しい環境に適した行動の選択を可能にする。度忘れする一方で、人は突然忘れていたことを思い出す。こうして、過去の経験が、遺伝子の組み換えと同じように、様々に組み替えられ、人は新しい環境に適応し、ときには独創的な思想や道具を作り出す。

 コンピュータにとってバグは最大の敵だが、人間にはバグは頼りになる助っ人であるように思える。そして最大のバグは、おそらく、この不可解な「意識」という現象だ。意識現象は、困難な課題に直面した時、突如として現れ、人に適切な行動を指示する。コンピュータは人間よりも遥かに正確だが柔軟性に欠け適応能力と創造性では人より著しく劣る。それは意識というバグを活用することができないからだ。

 雑音は信号にとって劣化の原因だが、一定の雑音を注入することで信号を増幅できることがある。バグも雑音の一種と考えることができるから、バグを活用して信号を強化することができるはずだ。人を始めとして生物はバグや雑音を巧みに生体内に取り込むことで驚異的な進化を遂げてきた。コンピュータの研究にもバグや雑音を活用するという視点を取り入れる必要がある。


(H21/6/20記)


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