☆ 複雑性と情報〜情報論序説〜 ☆

井出 薫

 複雑なものには二種類ある。乱流のような予測不可能な不規則な挙動を示すものと、生命体のように見事に調和した構造と機能を持つもの、この二つだ。

 前者にはカオスのように現象を説明する原理や方程式は明快で決定論的であるにも拘わらず不規則な挙動を示すものがあり、後者では現象を説明する原理が分かっていないことが多い。両者は全く異質な現象に見えるが、深いところでは関連していると考えられる。臨界現象では系に予測不可能な不規則な挙動が観測されるが、系の不規則な挙動を通じて秩序ある構造が誕生することがある。これは自己組織化などと呼ばれている。

 両者とも長距離相関の存在という特徴を共有する。小さな揺らぎが全体に及び、予測不可能な系の振る舞いを生み出すこともあるし、秩序を生み出すこともある。

 ここで情報という概念を導入することができる。情報という概念は曖昧で、自然科学や数理科学では専ら情報量という量的な存在として取り扱われることが多く、社会科学では「意味」あるいはそれを担う存在として扱われることが多い。だがここでは小さな揺らぎが大きな運動や構造を生み出すとき、その小さな揺らぎを「情報」と呼ぶことにしたい。

 小さな領域に限定され外部に伝搬することのないものは情報にはならない。また外部に伝搬しても狭い空間あるいは短い時間のうちに効果が消えてしまうものは情報ではない。よいアイデアを思い付いても忘れてしまっては情報にはならない。人に伝えても誰も相手にしてくれなければやはり情報にはならない。長距離相関が生じて秩序あるいは大規模な不規則性(暴動など)が生じて初めてそれは情報となる。

 先に述べたように情報という概念は曖昧で多義的な使われ方をしている。だが長距離相関があり巨視的な構造や挙動を生み出すものが「情報」であり、その基盤に「複雑さ」が存在すると考えてよいだろう。



(H20/4/7記)


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